オボエテタンゴ

2017-07-18奇跡の夜

3月に「We are X」の映画を観てからというもの

私の中で眠っていたロック魂が燃え上がり

これはなんとしてもライブに行かねば!!と

鼻息荒く、いろんな先行抽選に申し込むもすべて落選。

映画、3回も観たのに!

モバイル会員にもなったのに!

一般販売など、サイトに繋ぐことすらできずに完売だったさ!

むっきーーっ!


仕方なく、動画サイトで昔のライブを観たり

メンバーの関連書を読んだりして自分を慰めていたところ

YOSHIKIの緊急手術とな!

あわわわわ~

よっちゃ~ん!

もうドラムもピアノも弾かなくていいから、とにかく生きていて!

と、身内ばりに心配して、手術当日は近所のお寺にお参りまで行っちゃって。

でもその反面、これでライブは延期だろうな~と

チケット取れずに諦めもついたというのに、まさかの決行!

しかも初のアコースティックバージョンですと!?

くく~っ!


またもや悔しさがぶり返し、チケット転売サイトをさまよう日々。

定価の倍以上の高値すら、ポチッてしまいそうになる~

悪魔に魂を売り渡そうかと揺れる心を、娘にたしなめられる母まもなく50歳。


「真のファンはチケットを定価で買うもの。それがダメなら諦めなさい。転売屋撲滅でしょ!」


正論です、娘よ。

正論だけれどもぉぉぉ

行きたいんだよぉぉぉ


そうしたら直前になって追加席販売のお知らせが!

神様!!

取る!絶対取る!

これはイケる気がする!


で、あっさり一枚取れた。

あれ?

嬉しいけど、ちょっと複雑。

この数か月間の心の乱れは、何だったのでしょ~か?!

んも~、よっちゃんたら~!(←何様)


長い前置きを越えて

20数年振りに参戦したXJAPANのライブは、まさに奇跡の夜だった。

開演前、YOSHIKIドラムセットと記念撮影して、早くも涙。

間近に見るクリスタルドラムの美しさといったら、ふ、震える~!

そして開演1曲目で、Toshlの生声を聴いた途端にまた涙。

洗脳騒動から、よくぞ帰ってきてくれたよ~!

更に「紅」でHIDEのアルペジオ映像が映し出され、ド号泣。

あぁ、彼がいたら、、、


アコースティックの演奏は、一音一音が心に響いてとても素敵だった。

ジプシーキングスみたいに渋かった。

メンバー間の会話に笑わされ

メンバー間の愛に鼻血が出そうになり

観客全員で大合唱して

Xジャンプも飛んじゃって

最後に歩くのも辛そうなYOSHIKIが深々とお辞儀をし

その姿が痛々しくて、でも嬉しくてまた号泣。


昔好きだったアーティストの曲を懐かしむだけでなく

人生について、生きることについて、いろいろ考えたこの数か月の集大成。

よっちゃん、ライブを決行してくれてありがとう。

あの場に一緒に居られて幸せでした。

この先、何があっても強く生きていけそうです。

さぁ、腹から声出せ!

We Are X!!


本日のオボエテタンゴ

水晶

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クリスタル

Toshlの声もYOSHIKIのピアノも

2017-07-02行かないで

玉置浩二のフィルハーモニーコンサートへ行ってきた。

安全地帯時代からの大ファン!という訳ではないのだが

どうしても「行かないで」という曲を生で聴いてみたかった。


昔昔、調べたら28年も昔。

沢口靖子主演の「さよなら李香蘭」という日中合作ドラマがあった。

戦前に日中間で活躍し、時代に翻弄された女優、山口淑子氏の物語である。

その主題歌が「行かないで」

ドラマの内容もさることながら、この主題歌は哀しく切なかった。


それから数年後、アジアの歌神、張学友の来日コンサートで

広東語カバー曲「李香蘭」を聴き、声の波動で全身突き抜けられるような衝撃を受けた。

ジャッキーはホントに歌神だと思った。


更に何年もの時を経て、動画サイトで偶然に「さよなら李香蘭」を見つけた。

懐かしい~!

出演者の、なんて豪華なこと!

このあとすぐに、天安門事件が起こったんだよね。


続けて玉置浩二のライブ映像を探した。

香港公演での「行かないで」は、何度も観てその度泣いた。

私生活や人間性は問題の多い人のようだけど

歌手としては、ど~でもいいんでないの?

と思わせる圧倒的な歌唱力。

彼が歌えるうちに、生で聴きたい!

人生は、この先何が起こるか分からないのだから。


日本フィルハーモニー交響楽団の演奏は素晴らしかった。

指揮の大友直人氏は、1曲終わるたびにアーティストへ賛辞の拍手をしていた。

あぁ、オーケストラっていいなぁ。

あんなに小さなトライアングルでも、プロが使うと光るなぁ。

吹奏楽部の娘も、連れて来たかったなぁ。

そしてコンサート終盤で、ついに迎えた「行かないで」の前奏。

オーボエの音色が流れると、会場は異様な静けさに包まれた。


私は泣かなかった。

タオル地のハンカチ握りしめて、泣く気満々だったのに、涙は出なかった。

放心状態って、泣けないんだな。


東京五輪では、ぜひ玉置浩二に歌って欲しい。

日本語の美しさ、世界中に響かせて~♪


本日のオボエテタンゴ

オーボエ

双簧管

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オーボエ

切ない音色にやられます

2017-06-1814歳

今月末に誕生日を迎える娘。

14歳。中学二年生。

私が父を亡くした歳。

今の私は、母が未亡人になった歳。


14歳だった私は、今の娘よりも冷めていて

可愛げのかけらもない中学生だった。

あの頃の母は、今の私とは比べものにならぬほど強かった。


母の教えというものは、言われたその場で沁みるものではなくて

何年も何十年も経ってから、あぁこれかと

人生の至る所で気づかされることが多い。

若い頃には気づかなかった、生きるためのヒントは

私の中にあと幾つ植え付けられているのだろう。


おかあさん

この先も追いつけそうにありません。

私も娘がそう思うような、母になりたいと思います。


本日のオボエテタンゴ

头胎

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最初に生まれた子

母年齢も14歳。まだまだっス。

2017-04-29五十の小娘

お世話になっているバリ舞踏のH先生が、本を出版されることになった。

ご自身の師匠であるニ・クトゥッ・アリニさんの舞踏人生をまとめたものである。

先日、バリからアリニさんを招き、出版記念パーティが行われた。


アリニさんは御年74歳。

今なお現役の舞踏家だ。

バリ初の芸術高校、芸術大学の一期生で

これまでずっとバリ舞踏界をけん引してこられた方である。

日本でいうと、人間国宝みたいな偉大さなのではないだろうか?

私は今回初めてお会いしたのだが、まぁ小柄でニコニコした

かわいらしいおばあちゃまであった。

バリ人ならではの、温かい微笑み。

柔らかい口調(私の語学力では0.1割くらいしか聞き取れないが)。

アリニさんの周りには、目に見えないけどお花が咲いていて

やさしい風が吹いていて、お香の香りがするような気がした。

同じ空間にいるだけで、癒される~~


が、しかし。

踊りが始まると別人であった。

特に後半は踊りの物語の世界に入り込んでいて

その肉体と動きは、とても74歳のものではなかった。

驚愕。

そして衝撃。


バリ舞踏は優雅に見えるけど

実際にやってみると、上半身は羽交い絞めにされる感じ。

下半身は常に空気椅子状態というハードさである。

私が10年振りにお稽古に復帰した時

何度も酸欠で倒れそうになり、1週間は筋肉痛に泣いた。

自分より年上のH先生のタフさにも、常々驚いてきたが

更に更に年上の、アリニさんの軽やかさといったら、もうっ!!


H先生もアリニさんも、日ごろストイックに筋トレをしている訳ではない。

近頃流行りの肉体美自慢芸能人のように、腹筋が割れている訳ではない。

正直申し上げて、普通のおばちゃん体型である。

なのに何故、あの体勢を保てるのか?

何故に激しい踊りでも、さほど息が乱れないのか?

なーぜーーーっ?!

その答えは本の一節にあった。


「力はいただくものですよ。自分の中から出そうなんて思ったらいけません」

「自然はこんなにもパワーに満ち溢れているじゃないですか。そこから、力を分けていただくのですよ」


うむむ~~

深いです。

お稽古の度に息も絶え絶え。

毎回お尻が四つに割れそうな筋肉痛に苦しむ私にも

その力を分けていただける日が来るのでしょうか?


今ではこんなヘタレ外国人である私でさえ、自由に踊ることができるバリ舞踏であるが

昔々はいろいろと厳しく、バリ人でも選ばれた人しか踊ることは許されなかった。

そんな選ばれた人でも、結婚した女性踊り手は引退する風習だったそう。

しかし結婚、出産後も踊りを続けたかったアリニさん。

彼女の気持ちを後押ししたのは、当時バリに留学していた日本人女性だった。

50年前、42歳で単身留学されたというその方の行動力にもびっくりだが

92歳の現在、来賓としてパーティにいらしたお姿を見てもっとびっくり!

おしゃれなスーツを着こなして、ハイヒール履いて、背筋ピーンでっせ!!

今も舞踏学校の現役教員ですって!!

上半期一番の驚きが、一夜にして二回も!!


50歳の自分が小娘に見えました。

年齢を言い訳にしてはいけませんね。

中高年の皆さん、まだまだがんばりましょう。


本日のオボエテタンゴ

吓坏了

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とてもびっくりする

その夜はなかなか寝付けませんでした

2017-03-08We are X

一人で映画を観るなんて

ディズニーでも妖怪でもない映画を観るなんて

思い起こせば15年振りだった。


ワタシの音楽の基盤はオフコースと小田さんだったが

大学生の頃からTOTOやラウドネスも聴いていた。

卒論を書くのが辛くて辛くて

激しいビートをヘッドフォンで聴いて気合を入れていた。

だからYOSHIKIの高速ツーバスは正に求めていた勢いそのもの。

更に彼の奏でるピアノは悲しく美しく、いっぺんで虜になった。

そう、ワタシはピアノが弾ける男性にめっぽう弱いのだ。


東京ドームのライブに、後輩XIAOと行ったなぁ。

「X~!!」って、ジャンプしたなぁ。

当時はCDだけじゃなく、グッズも結構買ってたなぁ。

西安へ留学してた時も、YOSHIKIのカレンダーを寮に飾って

日本語学科の学生たちに

「り、玲姐さん、この人はバケモノですか?」って、ビビられたなぁ。


もうあれから25年以上経ち、自分も、Xもいろいろあった。

平日の朝イチの映画館には、同じようにいろいろあった中高年が集まって

次々と蘇るXの思い出と、自分の人生の軌跡を辿っていたのだと思う。

あちこちで、鼻をすする音が聞こえてきた。

ワタシは動いているHIDEの姿を見ただけで、涙腺決壊。

彼のアート性と人柄が好きだった。

彼が生きていたら、どれだけ多くの若者が救われただろう。

もっともっと、HIDEの作品が見たかったよ。


歳を取ると何を見ても涙もろくなるというけれど

これまでの人生で、昇華しきれなかった想いが重なるからだと思う。

許せなかったこと。

許してしまったこと。

素直に「ごめん」って言えなかったこと。

「ありがとう」って言えなかったこと。

どうしてそうなったのか?

出来事の詳細はもう覚えていない。

だけどあの時々の感情は、ずっとずっと心に刻まれている。


終演後、観客の大半が目を潤ませていた。

男性は恥ずかしさのためか、そそくさと席を立っていた。

きっと皆帰ったら、昔のCDを聴くはずだ。

ワタシなんて帰りしな、映画のサントラ盤を買っちゃったよ!

今も聴きながら書いてるよ!

子供達には決して聴かせられないけれど

ヘッドバンキングする体力はもうないけれど

「Standing Sex」シビレるーっ!!


あ~、もう一回観に行っちゃおうかな!

水曜日はレディースディだし!

他の曜日でも、学割がきく身だし!


本日のオボエテタンゴ

视觉系统

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ビジュアル系

今見ても、HIDEのメイクはかっけー