オボエテタンゴ

2018-01-18将来の夢

なんともう1月中旬とな!?

昨年、夫の父が他界したため、喪中の我が家。

年賀状を出さないって、年末年始がこんなにも楽、、、モゴモゴ

いやはや、お正月感がありませんな~


で、今更ながら一年を振り返ってみると

50歳記念年にふさわしく、懐かしい面々とたくさん会えました。

だけど悲しいお別れもいくつかあって

これまでの人生、今後の生き方について

いろいろ考えさせられた2017年。


年末に高校のクラス会があり、恩師と32年振りに会いましてね。

ワタシは担任の先生にずっと聞きたかったこと

そして、今伝えたいことがあったのです。


当時はまだ新卒で、先生というより兄貴的存在だったS先生。

いつも飄々として、よく言えばおおらか。悪く言えば放任主義。

S先生から叱られたことも、褒められたことも記憶にないけど

常に見守られている安心感は、多分クラス全員が感じていたと思うなぁ。


そのS先生がワタシに対し、唯一熱心に、そりゃもう半ば強引に

進路指導で某大学への推薦入学を、ゴリゴリ推したのですよ!

それまでワタシは聞いたこともないその大学。

調べてみたらかなり自由で奔放で、今や絶滅に近い学生運動が超盛ん。

そのため大学周辺には、常に自衛隊が警備しているらしい。

つまらない授業や休講の多い教授は、学生の署名活動と暴動で辞めさせられたとか

それでもある教授は、テストの答案を紙飛行機にして飛距離で採点するとか

地下教室で、学生がAV映画を撮影してヒットしたとか

大学祭は連日オールナイトで飲み屋がメインとか

肩に猫を載せて通学する人がいるとか

スキンヘッドの女子が多いとか

とか!とか!


※これらは某大学の都市伝説と言われています。

真実、デマ、誇張縮小混在なり。

現在はごく普通の大学となったようです。つまんね、、、モゴモゴ


S先生はワタシの何を見て、この大学を推したのでしょうか!?

それにね、たまたま横に居た担任でもない地理の先生もね

「お!某大学か!?いい!オマエに向いてる!ばっちり!」

なんて大賛成だったのも何故!?

ワタシ、高校時代は地味に真面目にやってたつもりなんですけども!


32年の時間を経て、ついに明かされるS先生の真意!

と思ったら、その前にどえらい昔話をされて眩暈がしたワタシ。


三年生の夏休み、クラスで自主的にキャンプへ行きまして

受験生の夏に、二泊のキャンプとはどういうつもりか!?

と、当時S先生は学校側から相当叩かれたそうなんですが

「いや~、楽しそうだし」

と、S先生はどこ吹く風。

ワタシたち生徒も全員参加で、担任が担任なら生徒も生徒と校長は諦めたそうです。

でも後日談だけど、10クラスのうち進学率トップはウチのクラスだったんだって!

S先生クラス、やるときゃやるゼ!


キャンプ二日目の夜。

全員で車座になり、将来の夢について話したらしく

当初S先生は、年頃の子たちは恥ずかしがって教えてくれないかな?

シーンとしてしまうかな?

などなど、心配されていたそうなんですが

思いのほか生徒たちは熱く夢を語って、盛り上がったそう。

官僚になって天下りしたい男子。

専業主婦になって、女の子二人が欲しい女子。

バリバリのキャリアウーマンを目指す子。

バンドで成功したいロッカー。


ワタシはといえば、キャンプに行ったことはうっすら覚えているけれど

内容まではさっぱりで、将来の夢なんか話したっけ?という記憶のなさだったんですが


「その中で、一番覚えているのがlingなんだ。あれは衝撃だった」

とS先生。

な、なんですと!?

ワタシ、一体何を言ったんですかっ!?

覚えてない!全く覚えてないぃーーーっ!!


「lingはね、『私は綺麗なまま死にたいです』って言ったんだよ」


(゚д゚)!



(゚д゚)!!



(゚д゚)!!!


ザワつくクラス会現場@横浜居酒屋。

「そうだった!思い出した!」

「lingちゃん、そう言ってた~!」

との声が、男子からも女子からも上がって更に眩暈。

なんで皆、覚えているの!?

なんで自分は覚えてないの!?



「いや~、俺びっくりしちゃってさ」


言った本人もびっくりです。


「この子は将来どんな人生を送るんだろうって、ずっと心配だったんだよね」


お蔭様で二児の母となりました。


「だから今日会えて、幸せそうで嬉しいよ」


先生ぃぃ~~涙涙

で、どうしてあの大学を推したんですか?


「だってlingにピッタリだったでしょ」


えぇ、とても。

この上なく最高にドンズバでした。


今またワタシが大学生となり、心理学の道へ進んだことを話したら

S先生はとても喜んでくださった。

その笑顔を見て、ワタシもすごく嬉しかった。

卒業以来32年、一度もお会いしていないのに

S先生はずっとワタシたちの担任なのだ。


できることならあの日に戻って

18歳のワタシにカウンセリングしたい。

何が不満だったの?

何が不安だったの?

あなたの人生は確かに良いことばかりじゃないけれど

沢山の人たちが助けてくれるよ。

それはあなたの財産なんだよ。

年を取ることは、心が成長することだよ。

だから前を向いて、毎日に感謝して生きなさいね。


50歳のワタシはもうあちこちガタがきて

鏡を見るたび、がっくりしてしまうけど

将来、心は綺麗にして逝きたいと思う。

これまでの色んな恨み、嫉みをそぎ落として

魂を磨くことが今年の目標です!


今年初のオボエテタンゴ

班主任

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担任

大学の担当教授とは、一味違う何かがある

2017-11-01同級生

今年の私は生誕50周年なので、小中高のクラス会や同期会や

個人的での再会がどど~っと続いている。

不思議なことに50歳ともなると、記念の年に会っておかないと!

会えるうちに会っておかないと!なんて気持ちが

皆に芽生えるのだろうか?


これまた不思議なのは、何十年も音信不通の旧友なのに

会った途端にすっかり馴染んでしまうこと。

一緒に過ごした日々よりも、離れていた時間の方が

うんとうんと長いのに。

お互い、知らない人生を歩んできたのに。


自分と旧友との関係は、あの頃のまま凍結されていて

目が合った瞬間にレンジでチーン!と融けたようだった。

今の家族のこと、仕事のこと、親の介護のこと

何でもスラスラペラペラ話せて

相手の話もうんうんと親身に聞けて、場合によっては一緒に泣いた。


ほんの数年前まで、幼稚園の送迎で毎日会っていた

息子のママ友たちとは、今再会してもこんなに話せないだろう。

手のかかる時期の子育てを共にした戦友だけど

子供が繋いだ関係であって、私個人が繋いだ間柄ではないから。


で、先日も大学の同期C君から20年振り?くらいに電話があった。

彼は仕事で一か月札幌に滞在しているらしく

「lingさん、美味しいところ連れて行ってよ~」

てなお誘いだったのだけど、いやいやワタシが札幌に住んでたのは7年前だし!(そんなかっ!?)

もうすっかり東京のシティ派おされマダムだし!(誰がじゃっ!?)

と、変わらぬ彼のずっこけぶりに笑ったのだが

続く会話の内容で、私は動けなくなった。


私たちはテニス部の、正式には体育会硬式庭球部の同期だった。

当時流行りの華やかなテニスサークルとは一線を画し

白い無地のウェアを泥だらけにしながら、走り回っていた。

男女とも部員数が少なかったから、三年生になってもコート整備やボール拾いをしていた。

公式の試合や、新入生歓迎会、三年生引退などの飲み会では

男子は学ランにグレーのスラックスが正装だった。


その学ランが、一番似合っていた男子部主将のT君。

背が高くて、細くて、ヤクザ映画にもってこいの切れ長強面。

彼がどんぶりでお酒を一気飲みする姿の背景には

躍動する龍やら虎やらの姿が見えるようだった。

でも素顔はすごく真面目で物腰も柔らかで

同期なのに、女子には敬語で話していた。

見た目とは大違いで、いつも周囲をほっこり和ませてくれたT君が

3年前に病気で亡くなっていたという。


そういえば、少し身体が弱かった印象がある。

福島のご実家から、お母さんが心配してよく養命酒を送ってきてた。

「いや~、まずいっスよ~」

って、困りながらも飲んでいた。

卒業後は地元に帰り、公務員になったところまでは覚えている。

でもその後、一度も会っていない。


T君は、生涯独身だったそうだ。

彼が闘病中、先にお母さんが旅立ったらしい。

残されたお父さんのお気持ちを思うと、神様は残酷だと思う。

どうして良い人ばかりが、早くに逝ってしまうのだろう。


T君の死は、自分でも驚くくらいに私の心をえぐっていった。

料理をしてる時、洗濯物をたたむ時、カーテンを閉めた時

日常生活のなにげない場面でT君の顔が浮かび

ぽろぽろと涙がこぼれて止まらなくなる。


別に恋人だった訳でもないし、何十年も会ってないんだし。

でも、同期が亡くなるって、こんなにも辛いんだ。

これから歳を取ると、こんな思いを何十回もするのだろうか?


今月がT君の三回忌。

C君は毎年、同期や後輩を連れて福島まで行き

お参りの後にT君のお父さんと飲んでいるそうだ。

C君とT君はダブルスのペアだったよね。

私なんかより、C君の方がずっとずっと辛いよね。


T君、今年は私も会いに行くよ。

「lingさん、老けたましたねぇ」

なんて思われないように、あの頃の筋トレをしてから行くよ。


本日のオボエテタンゴ

面红耳赤

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顔も耳も真っ赤になる

T君は照れ屋さんだった

2017-09-11ヘアドネーション

ワタクシ、ついに50代に突入いたしました~!!

お祝いカード、メールをくださった方々

そしてこんなブログにはてな★をくださった方々

本当にありがとうございます。

この歳になってもお祝いしてくださる人が、家族以外でいる幸せ!!

ありがたいです!

噛み締めております!

顎関節症の負担にならぬよう、じんわりと!


物欲も食欲も、その他の欲も減り減りの50歳。

なので記念に髪を40㎝切りました。

最近、ちょっと話題のヘアドネーションです。

詳しくはコチラ!↓

https://www.jhdac.org/index.html


一昨年、乳がん疑惑に揺れていた時にこの活動を知り、

なんだか救われたように気がしました。

もし自分が本当にがん患者となり、治療の過程で髪を失っても

事前にカットして寄付すれば、誰かの役に立つ。

それが前向きに生きるための、原動力になるようで不思議だった。

これは女性ならではの想いなのかな~

やはり髪は女の命だものね~


当初は娘の卒業式で着物を着るため、適当に伸ばしていた髪だけど

寄付しよう!と決めてからは、まるで植物を育てるかのごとく

大事にケアするようになりました。

年齢的に、ロングを保つのは結構大変で~泣

乾燥するし、抜け毛はすごいし、ケアをサボるとすぐにツヤがなくなるし~泣泣

渾身の人生最長、人生最後のロングヘア。

50歳の節目に切らずしてどーする!?


で、ばっさり。

お相撲さんの断髪式のように、美容師のお兄ちゃんが

「入刀します!」とばっさり。

これがね~、ものすごい達成感と爽快感だった!!

切り束ねられた髪は、想像以上にずっしりと重くて

その分、頭は全部抜けた!?と思うほど軽くなった。

素敵なウィッグになるんだよ~

待ってる子が、笑顔になりますように~


息子を出産して、胎盤から臍帯血を寄付した時の気持ちとちょっと似てた。

ヘアドネーションは、一人で何度も寄付する方もいらっしゃるそうで

その気持ちも、ちょっと分かった。

人の役に立つということは、結局自分の役にも立つんだな。


という訳で、生まれ変わったネオ玲姐。

50代のテーマは色気です!

むむぅ。ど、どこをどうすれば!?


本日のオボエテタンゴ

在有生之年

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生きている間に

やりたいことイロイロ!

2017-09-05熱い初体験

昭和ヒトケタ生まれの実家の母は、高齢者あるあるのエアコン嫌いで

どんなに猛暑でも扇風機でしのいでいる。

毎年夏になると、母が熱中症で倒れやしないか?

命取りにならないか?とヒヤヒヤし

兄と共に何度もエアコン使用を勧めて

いい加減に母からうるさがられていた。

全く年寄りは頑固だな!

と、ぷりぷりしていた娘のワタシが、この度熱中症になりました。


な~ぜ~~っ!?


別に炎天下で騒いでいた訳でもないし

我が家のエアコンはほぼ一日中、フル稼働だったのに!


最初は更年期障害のホットフラッシュかと思った。

ほてりと眩暈がそっくりだったから。

でものぼせ具合が強烈で、水分は摂れたけど食欲が全くなかった。

そのうち微熱が出て、肘下、膝下が痺れてきた。

あ、こりゃ更年期障害じゃないな、と直感。

しかしその日は日曜日で、かかりつけ医は休診だ~っ

地域の医師界がやってる休日診療所に電話したら

「診察はするけど処置する設備はないので、必要なら他院へ紹介する」

ですって!

何のための診療所なの?!

あまりの使えなさに、熱が上がったわ!


なので口腔外科でお世話になった総合病院の救急外来へ、一人電車で行ったさ!

駅近だったからね!

タクシー呼ぶより早かったからね!

ついでに言うと、夫はまだ札幌で遊んでいて不在だったからね!

病院に着いて計ったら、熱が38度を超えていたよ!


救急医の先生はヲタク系の小太りだったけど(←失礼な偏見)

問診と説明がすばらしくうまかった。

高齢者じゃなくても、涼しい室内でも

寝不足だったり、体調不良の時は熱中症になりやすいそうだ。

で、ワタシの経緯は半月前まで遡り、、、


スクーリング期間は脳みそ大興奮のため、ずっと寝不足

最終日、一人打ち上げでインドカレーうどんとビール。夜間にお腹きゅる。

翌日から札幌で家族サービス。キャンプやらドライブやら。

やはり北海道に来たらお寿司。さらにきゅるきゅる。

帰京。札幌との温度差にぐったり。

小学校や地元商店街の夏祭りの付き添い。

熱中症。あがり。


「できてる!こりゃ見事に熱中症の流れができてますよ~」

と、先生。

なのでぶっすり点滴打ってもらいました。

口腔外科のR先生といい、見た目はナンだけど人柄は良いわ~(←さらに失礼)

この病院のワタシランキング、急上昇です!


しかしホントに無理がきかない歳になったんだなぁと

しみじみっつーか、とほほっつーか。

この先の人生計画を、練り直さねばと思った2017年夏。

アラフィフの皆さん、くれぐれもご自愛くださいね。


本日のオボエテタンゴ

装空调

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エアコンをつける

結局は母は、この夏もつけずに元気バリバリ

2017-08-28初心とお知らせ

今年もやってきた夏期スクーリングの季節!

夫と子供たちには北海道へ飛んでもらって

ワタシは夢の一人暮らしだぜ、イェーーーーイ!

のつもりが

今回のスクーリングは朝から晩までみっちり講義で

最終日には別科目中間試験があり

更に翌日には心理学検定試験という三つ巴スケジュール!

ナニコレ!?

夜遊びすなってこと!?(そうだろう)


で、始まってみましたらば

脳みその使い過ぎでしょうか?

二日目の時点で前頭部の白髪が増発し

夜中に自分でカラーリングをする侘しさでした。

とほほ~

世の中甘くないわね!

とはいえ、何回かは飲みに行ったけどね!


肝心の講義は「心理アセスメントⅠ」

主要な心理学や発達に関する検査法の実践だ。

それらは以前に息子が受けた検査の数々である。

久しぶりに教材を見たら

胸の奥がきゅうっと締め付けられて

あの頃の想いが波のように押し寄せて

初日は涙を堪えるのに必死だった。


今、息子は何の療育も受けずに過ごしているけれど

当時のクラスメイトの大半は、継続して支援を受けている。

母親たちも、まだ戦っている。

先の見えない不安や心配。

成長に伴い次々と現れる、新たな悩みや試練。

ワタシが発達心理学の勉強を始めた理由。

初心を叩き起こされた気がした。

浮かれててすみません。

精進します。


さてお知らせです。

2001年に開設したワタシのHP「中華三昧」を、8月末で閉鎖することにしました。

中国語翻訳の営業活動として始めたのですが

二回の出産と引っ越しと、あんなことこんなことに流されているうちに

もう10年近く放りっぱなしだったこのサイト。

ワタシは翻訳業からも中華からも、すっかり遠ざかってしまいました。

この先、ワタシが翻訳を生業とすることは、まずないでしょう。


いや、老後にあるかな?

いやいや、もう頭サビサビだしな。

恐らく今のワタシの中国語力は、中学二年の娘の英語力と

差不多ではないか?と思われます。

それで中国語翻訳者を名乗るのは、全くもってお恥ずかしい~

でも中国語とは、蜘蛛の糸の如く細い糸で、繋がっていたいと思っています。

なのでこの「オボエテタンゴ」は、これまた細々と続けてゆくつもりです。


「中華三昧」を通して、繋がった皆さま。

ご意見、ご感想をメールでくださった皆さま。

今まで本当にありがとうございました。

日中間の友好を祈って。

玲姐


本日のオボエテタンゴ

口译/笔译

kou3yi4/bi3yi4

通訳/翻訳

人生の目標は変わることもある