風来坊日記-日中翻訳 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-12-04素晴らしい詩に出会おう

幼いごろから詩がすきだった。

中学校に入ってから、初めて中国の古典文学に接することができた。「漢賦・唐詩・宋詞・元典・明清小説」に魅了され、一通り読みたかったが、うちは貧しいので、そういう本はとても買えなかった。それで、毎日歩いて学校へいき、二ヶ月分のバス代を貯めて一冊の「古典文学選読」を買ったことさえあった。大学の時、金属材料というかたい専門にもかかわらず、以前にも増して詩に興味を持つようになった。それも古今を問わず、20世紀20・30年代の詩から80年代までのものも対象となった。今でも、時に、「丁香一樣的姑娘,最是那一低頭的溫柔」という戴望舒氏の句を思い出すと、感動がわきおこる。英語の勉強を始めてから、英文の詩も時々読んだ。一番好きなのはFrosterの「港」だった。「子猫のあしとりのように、霧は港に立ち込めた」という表現のなんと微妙なことだろう。

八年前から日本語を勉強し始めた。今度も、だんだん日本語に慣れてゆくことに伴い、少しずつ日本の詩が気に入るようになった。まずは漢詩の読み方だった。それに日本人がつくった漢詩だった。策彦周良(もと遣唐使の一人)の句を読んでいれば、昔の中日両国の人々の心のつながりがなんとなく分かってきたような気がした。「一衣帯水の隣国」などというような言葉よりずっと生き生きとしている。

莫道江南隔海東 相親千里亦同風

从今若許忘形友 語縱不通心可通

「江南は海東を隔つと道う莫(なか)れ、相親しめば千里も亦た同風なり

  今従(よ)り若し忘形の友を許さば、語がたとえ通せずとも心は通す可しべ」

この詩を読むと、遠く離れて情報伝達のしにくい昔にこんな素晴らしい友情もあったのかと感動してしまった。今日の日本人留学生踊り事件のような不祥事がどうしてまた起こったのかと残念の極みだ。

漢詩の次には俳句だ。あまりにも短すぎて読みにくいから、最初はこれも詩なのかと驚いてずいぶん戸惑った。だが、今度先生の授業で少し判ってきたような気がした。もちろん、語学力の制限があるから、リズム(音韻)は全然分からないけど、日本人の詩心でどんな気持ちをどういうふうに表現したいのかがだんだん理解しできた。芭蕉の「山路きて、なにやらゆかし、菫(すみれ)草」という句のように、やっぱり自然や人間に対する鋭敏な感じが一番大切だと思う。だから演歌も大好きだ。同じく心のゆれを表したものだから。「会いたくて、夜汽車に乗る、デッキの窓にとめどなく、頬つたう、涙のあとを…」(雪国・吉幾三)をよく聞いた。すこし悲しすぎるとも思うが、遠いところにいる恋人、家族を懐かしく思い出す気持ちはだれにもあることだろう。詩はもともと生活を歌うものだ。中国の一番古い詩集としての「詩経」もわが国最初の歌謡を集めたものだ。中国語には「詩言志」という言葉がある。いわば、自分の志を(自然の風物で)言い出せよという意味だ。

一言で言えば、どこの国にもひとの心を歌う詩があり、どの国にも素晴らしい詩がたくさんある。もちろん、それらを翻訳して読んでもいいが、やはりその国の言葉で読むのが一番ふさわしいと思っている。日本語で日本の詩を読めることは、私にとって、日本語の勉強で得た一番の収穫であり、本当に幸せなことだといえるだろう。

皆さんも外国語の勉強でたくさんの素晴らしい詩に出会えることを願っている。

SebastianSebastian2013/01/08 23:21THX that's a great anewsr!

bphosogbphosog2013/01/09 12:01T3NCCe <a href="http://nrokqzkkkgmr.com/">nrokqzkkkgmr</a>

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