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2018-09-13訳文の添削例 このエントリーを含むブックマーク

“是啊是啊,我连衣服都没敢买,进商场纯属观光客。可是我都工作了,不好意思跟爸妈伸手。” 

 「そうよそうよ、洋服でさえ買えない。お店に入っていくのはみんな観光客。仕事をしていて、厚かましく親に頼るのはできないよ」。

「そうそう。私なんか服も買えなくて、お店に入ってもただの見学よ。でも働いているんだから、厚かましく親に頼ることもできない」 

 

“你不一样,你只要好好做,明年工资涨起来很快的。你们这种行业内世界排名前个位数的老外企业很正规,不像我们,我看不到前途在哪儿,只能指望早日通过注册会计师考试。” 

 「あなたは違うじゃない。ちゃんと仕事していれば、来年にはお給料がすぐにでも上がるでしょう。あなたの業界では世界のトップテンに名を連ねる海外企業が規定に従っている。私は将来がどこにあるのか分からないし、一日でも早く公認会計士の試験に合格できるのをひたすら期待するしかできないの」。

「あなたは違うじゃない。ちゃんと仕事してれば、翌年にはお給料が上がって、どんどん収入が増える。お宅みたいな業界で世界のトップテンに名を連ねる外資系はしっかりしているもの。うちとは違うよ。私は会社での自分の前途が見えないの。一日も早く公認会計士の試験に合格しなきゃ」 

 

“一样的啊,我们那儿新人淘汰率是20%,我们这一批进的大多数是名校中的名校生,我真担心我这种排不上号的学校出来的被淘汰出去,很可能的。你不知道我们的HR多看重学历,他说名校起码意味智商和毅力。那么在他眼里,我肯定是早已失去智商和毅力印象分了。唉,我心里压力很大。” 

 「私も一緒よ。私のところじゃ新人の退職率が二十パーセントなの。私と同期で入社したうちのほとんどは名門中の名門大学を卒業していて、一流大学を出ていない私は辞めさせるんじゃないか本当に心配。十分あり得るもの。うちの会社の人事がすごい学歴重視なのを知らないでしょ。エリート卒というのは、少なくとも頭脳と根気強さを意味しているんだと言っていたわ。そんな風に考えているならきっと、私はとっくに頭脳も根気もなくしてしまったと思われているんでしょうね。はあ、プレッシャーが大きいな」。

「私も一緒よ。うちは新人の離職率が二十パーセントなの。同期入社が卒業した大学はほとんどが名門中の名門、私は一流大卒じゃないから辞めさせられるんじゃないかって心配で仕方ない。十分あり得るもの。うちの会社の人事がどんなに学歴重視か知らないでしょ。一流大卒は、少なくとも知能の高さと意志の強さの証明だと言っていたわ。つまり人事から見れば、私は最初から知能と意志の強さでマイナスの印象を持たれている。すごいプレッシャーよ」 

 

“可我爸不知道我的辛酸,今天我又跟他说起我回老家的事儿,他还是不答应。可是我在海市待着有前途吗?一年不吃不喝才够买两平米的房子,还是偏僻地儿的,要是回老家考个公务员,现在哪用得着每天活得这么斤斤计较的。我爸说今天又往我卡里打了五千,我心都碎了,我好歹还是独立女性,这么大年纪了还打伸手牌,太不要脸了。可我都没勇气拒绝。我真担心哪天会伸手伸得理所当然了。” 

「でも、お父さんは私の辛さを知らないのよ。今日もお父さんと実家に戻ることを話してたの。だけれど、やっぱりはっきりしてくれない。上海で自分の将来を待ってみる? 一年飲み食いしないでやっと二平米の部屋が買えるのよ。それともへんぴな場所で、もし家に戻って公務員になっても、毎日取るに足らないことをとやかく言われながら生きていくなんてどうよ? お父さんから、今日私の口座に五千元振り込んでくれたと聞いて、胸が張り裂けたわ。私はこれでも独立した女なのに、こんな年齢になっても親のすねをかじっているなんて、本当に面目ないわ。でも、それを断る勇気もないの。いつか当たり前のように親に頼ってしまわないか本当に心配ね」。

「でも、父には私の辛さはわからない。今日も父に実家に戻りたいと話してみたけど、やっぱり許してくれない。でも上海にいても将来性はある? 一年間まったく飲み食いしないでやっと二平米の部屋しか買えない。それも中心地から遠い不便な場所。実家に戻って公務員にでもなれば、毎日こんなに細かいことを気にしながら生活する必要なんかない。父が今日、私の口座にまた五千元振り込んでおいたと言ったとき、自尊心が粉々に砕け散った。これでも自立した女性なのに、こんな年齢になっても親のすねをかじっているなんて、本当に情けない。でも、それを断る勇気もないの。いつか平気で親に頼るようになってしまうんじゃないかって本気で恐い」 

 

关雎尔也是心虚地道:“妈妈说刚给我买了几件秋装,我也不敢吱声儿,真不好意思死了。哎,邱莹莹,你别哭啊,等你通过注会考试就不一样了。” 

 ジューアルは自信がなさそうに言った。「お母さんが秋物の洋服を買ってあげると言ってくれた。うんともすんとも言えなくて、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ああもう、インインったら、泣かないでよ。公認会計士に合格すれば、現状から変われるじゃない」

 ジューアルも不安げに言った。

「うちの母が秋物の洋服を何着か買ってくれたと連絡してきたとき、申し訳なさ過ぎて何も言えなかった。……ああ、もう、インインったら、泣かないでよ。公認会計士に合格すれば、現状を変えられるじゃない」 

 

邱莹莹捂住脸摇头,“注会考试是千军万马过独木桥,我这点儿智商注定没希望……” 

 インインは顔を覆って首を振った。「公認会計士の試験は一握りの人間だけが受かるものなの、私の頭じゃ見込みがないに決まってる……」

 インインは顔を覆って首を振った。

「公認会計士は一握りの人間しか受からない。私の頭じゃ見込みがないに決まってる……」 

 

关雎尔不善言辞,心里又知道邱莹莹所说的是实话,她只能紧紧握住邱莹莹的一只手。她希望传递力量给室友,她相信只要努力,只要熬得住,总能拨云见日。

ジューアルは口下手だった。インインの言うことが確かなのは理解していたので、インインの手を固く握ってやることしかできなかった。ジューアルは友人を力づけてやりたいと思っていた。努力して辛抱し続ければ、いつかは光明を見いだせると信じて。 

 ジューアルは口がうまい方ではなかったし、インインの言っていることが事実であることも知っていたので、インインの手を固く握ってやることしかできなかった。彼女は友人を力づけてやりたいと思った。努力して辛抱し続ければ、いつかは光明を見いだせるとジューアルは信じているのだ。 

 

邱莹莹很快深吸一口气,豪迈地拿袖子擦干眼泪,冲关雎尔一笑,“没事了。破秋天忒伤春悲秋。” 

インインはすぐに一息深呼吸をして、袖で一気に涙をぬぐってジューアルへ微笑んだ。「もう大丈夫。感傷的になっちゃってね」

 インインはすぐに深呼吸を一回して、袖でぐいっと涙をぬぐい、ジューアルに向かって微笑んでみせた。

「もう大丈夫。つい感傷的になっちゃった」 

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2018-09-04マツタケの人工栽培 このエントリーを含むブックマーク

マツタケ 松茸,松口蘑 Tricholoma matsutake

種菌シート 种菌片

滅菌土壌 消毒土壤

コロニーの自然形成 在自然条件下形成菌落

子実体 子实体

菌根苗 菌根种苗

移植 移植

接種 接种

アカマツ 赤松 Pinus densiflora

子実体発生 发生子实体

貧栄養土壌培地 贫瘠土壤的培基

培地基材 培基材料

日向土(多孔性資材) 日向土,多孔硬质材料

窒素源(粉末エビオス) 氮源(粉末状啤酒酵母)

含水率 水分比率

アカマツ無菌実生 赤松无菌萌发

菌糸 菌丝

菌根 菌根

培地 培养基

滅菌B層土壌 杀菌B层土壤

埋設深度 种苗深度

植栽 栽植

明期 人工光照时间

人工栽培 人工驯化栽培

胞子 孢子

胞子散布距離 孢子散播距离

分子生物学 分子生物学

発生位置 萌发位置

ジェネット解析 遗传分析

SSRマーカー 简单重复序列标记 Simple sequence repeat

近縁度 近缘程度

攪乱サイト 被扰动的土地,土壤扰动点

円形コロニー 环形菌落

既存コロニー 原有菌落

新規コロニー 新(形成的)菌落

胞子の定着 孢子扎根

土壌表層 土壤表层

胞子供給サイト 孢子传播点

胞子定着サイト 孢子扎根点

感染苗 感染菌苗

食用担子菌 食用担子菌

核ゲノム DNA 配列 核基因组DNA序列

変動要因 变动因素,可变因素

原基成長 原基生长

原基数 原基数

MYPG液体培地 MYGP培养基

菌糸成長至適温度 最适合菌丝生长的温度

腐生菌 腐生菌

担体 载体

振盪 震荡

PET 布 PET布(聚对苯二甲酸乙二酯) Poly Ethylene Terephthalate

振盪培養 震荡培育

静置培養 静置培育

マツタケ菌糸体 (種菌シート) 松茸菌丝体(种菌培养片)

養分濃度 养分浓度

ホンシメジ 真姬菇

シロ(菌糸とアカマツの根が一体化した塊) 原基,松茸的蘑菇圈,赤松的根部和土壤混合形成的白色块状物

マツタケの成長に適した林 松茸适生林

胞子接種法 孢子引种法

菌糸が発芽する 萌发成菌丝

菌根形成 形成菌根

移植法 移植法

地表誘導栽培法 地表诱导栽培法

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2018-09-03山林の虫害 このエントリーを含むブックマーク

薇甘菊 ツルヒヨドリ Mikania micrantha

椰心叶甲 キムネクロナガハムシ Brontispa longissimi ココヤシ被害

双钩异翅长蠹 ナガシンクイムシ Heterobostrychus aequalis (Waterhouse)

红火蚁 アカヒアリ Solenopsis invicta

绣色棕榈象 ヤシオオオサゾウムシ Rhynchophorus ferrugineus

小蠹虫 キクイムシ Scolytinae

松毛虫 マツカレハ、マツケムシ Dendrolimus spectabilis

楚雄腮扁叶蜂 (チューションヒラタハバチ) Cephalica chuxiongnica

桉树枝樱姬小蜂 ユーカリアシブトコバチ Leptocybe invasa Fisher et LaSalle blue-gum chalcid

纵坑切梢小蠹 マツノキクイムシ Tomicus Piniperda

松褐天牛 マツノマダラカミキリ Monochamusalternatus

松材线虫(病) マツノザイセンチュウ(による病害) Bursaphelenchus xylophilus

松木蠹象 マツキボシゾウムシ Pissodes pnnetatus Langovsitu et Zhang Huashan pineweevil

释放天敌 天敵を誘引し駆除する

植物源引诱剂 植物性誘引剤

驱避剂 忌避剤、駆除剤

生物制剂 生物製剤

木本油料林 搾油用樹木園

性诱捕器 フェロモントラップ装置

蛀干 穿孔性虫害

食叶 食葉性虫害

经济林果 販売用の果物

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2018-09-02施肥関係 このエントリーを含むブックマーク

窒素 氮

リン酸 磷酸

カリウム 钾

施肥 施肥

堆肥 堆肥

有機肥料 有机肥料

化学肥料 化肥

土壌養分 土壤养分

過剰蓄積 过度积累

補給型施肥 补给型施肥

藁 稻草

石灰 石灰

ケイ酸 酸酸

溶脱量 浸出量

浸透水 渗透水

苦土 苦土

カルシウム 钙

マグネシウム 镁

塩基 盐基

硝酸態窒素 硝酸态氮

残存窒素 氮残留

作物吸収窒素量 作物吸收氮量

持ち出し量 植物吸收量,植物吸收量

灌漑水 灌溉水

籾 稻壳

家畜糞堆肥 牲畜粪肥

鶏糞 鸡粪

ペレット 粒料,颗粒

発酵処理 发酵处理

通気性 透气性

透水性 透水性

保水性 保水性

保肥力 保肥力

土壌の緩衝能力 土壤的缓冲能力

微生物分解 微生物分解

粘質物 粘性物质

団粒構造 团粒结构

単粒構造 单粒结构

微小団粒 微小团粒

かび菌糸 霉菌菌丝

気相 气相

液相 液相

固相 固相

圃場 田地

陽イオン交換容量(CEC) 阳离子交换容量

濃度障害 浓度障碍

腐植酸 腐植酸

有機酸 有机酸

キレート作用 螯合作用

火山灰土壌 火山灰土壤

土壌動物 土壤动物

糸状菌 丝状真菌

放線菌 放线菌

アミノ酸 氨基酸

セルロース 纤维素

リグニン 木质素

分解菌 降解细菌

窒素無機化 氮矿化

アンモニウム 氨

硝化菌 硝化细菌

脱窒菌 反硝化细菌

生育因子 生长因子

発酵鶏糞 发酵鸡粪

乾燥鶏糞 干燥鸡粪

発酵豚糞 发酵猪粪

牛糞 牛粪

バーク堆肥 树皮堆肥

稲わらすき込み 稻草还田

C/N比 C / N比

肥効率 肥效率

おがくず 锯末

麦稈 麦秆

陰荷電 负电荷

腐熟度 腐成熟度

直播 直播,直接播种

露地物 露地栽培

輪作 倒茬,换茬,轮作

連作障害 连作障碍,重茬病

リン酸吸収係数 磷酸吸收系数

可給態リン酸 可供态磷酸

陽イオン交換容量(CEC) 阳离子交换容量

塩基飽和度 盐基饱和度

褐変 色变 褐变

土壌改良剤 土壤改良剂,土壤调理剂

深耕 深耕

土壌診断 土壤诊断

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2018-09-01リンゴ栽培 このエントリーを含むブックマーク

ふじ 富士

つがる 津轻

ジョナゴールド 乔纳金

サンふじ 阳光富士

国光 国光

紅玉 红玉

無袋栽培 免袋栽培

レッドデリシャス 蛇果

わい化栽培 矮化栽培

台木 砧木

側枝 侧枝

密植栽培 密植栽培

不織布ポット 无纺布苗木袋

フェザー苗 副梢苗圃

慣行栽培 习惯性栽培

授粉 授粉

摘果 摘果

着果 座果

剪定 修剪

放花昆虫 授粉昆虫

きおう 黄王

シナノゴールド 信浓黄

ベンジルアミノプリン 苄氨基嘌呤

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2018-06-14中国の有名なお話(教材用現代中国語版) このエントリーを含むブックマーク

梁山伯与祝英台

从前有个姓祝的地主,人称祝员外,他的女儿祝英台不仅美丽大方,而且非常的聪明好学。但由于古时候女子不能进学堂读书,祝英台只好日日倚在窗栏上,望着大街上身背着书箱来来往往的读书人,心里羡慕极了!难道女子只能在家里绣花吗?为什么我不能去上学?她突然反问自己:对啊!我为什么就不能上学呢?

想到这儿,祝英台赶紧回到房间,鼓起勇气向父母要求:“爹,娘,我要到杭州去读书。我可以穿男人的衣服,扮成男人的样子,一定不让别人认出来,你们就答应我吧!”祝员外夫妇开始不同意,但经不住英台撒娇哀求,只好答应了。

第二天一清早,天刚蒙蒙亮,祝英台就和丫鬟扮成男装,辞别父母,带着书箱,兴高采烈地出发去杭州了。

到了学堂的第一天,祝英台遇见了一个叫梁山伯的男同学,学问出众,人品也十分优秀。她想:这么好的人,要是能天天在一起,一定会学到很多东西,也一定会很开心的。而梁山伯也觉得与她很投缘,有一种一见如故的感觉。于是,他们常常一起诗呀文呀谈得情投意合,冷呀热呀相互关心体贴,促膝并肩,两小无猜。后来,两人结拜为兄弟,更是时时刻刻,形影不离。

春去秋来,一晃三年过去了,学年期满,该是打点行装、拜别老师、返回家乡的时候了。同窗共烛整三载,祝英台已经深深爱上了她的梁兄,而梁山伯虽不知祝英台是女生,但也对她十分倾慕。他俩恋恋不舍地分了手,回到家后,都日夜思念着对方。几个月后,梁山伯前往祝家拜访,结果令他又惊又喜。原来这时,他见到的祝英台,已不再是那个清秀的小书生,而是一位年轻美貌的大姑娘。再见的那一刻,他们都明白了彼此之间的感情,早已是心心相印。

此后,梁山伯请人到祝家去求亲。可祝员外哪会看得上这穷书生呢,他早已把女儿许配给了有钱人家的少爷马公子。梁山伯顿觉万念俱灰,一病不起,没多久就死去了。

听到梁山伯去世的消息,一直在与父母抗争以反对包办婚姻的祝英台反而突然变得异常镇静。她套上红衣红裙,走进了迎亲的花轿。迎亲的队伍一路敲锣打鼓,好不热闹!路过梁山伯的坟前时,忽然间飞沙走石,花轿不得不停了下来。只见祝英台走出轿来,脱去红装,一身素服,缓缓地走到坟前,跪下来放声大哭,霎时间风雨飘摇,雷声大作,“轰”的一声,坟墓裂开了,祝英台似乎又见到了她的梁兄那温柔的面庞,她微笑着纵身跳了进去。接着又是一声巨响,坟墓合上了。这时风消云散,雨过天晴,各种野花在风中轻柔地摇曳,一对美丽的蝴蝶从坟头飞出来,在阳光下自由地翩翩起舞。

牛郎织女

牛郎只有一头老牛、一张犁,他每天刚亮就下地耕田,回家后还要自己做饭洗衣,日子过得十分辛苦。谁料有一天,奇迹发生了!牛郎干完活回到家,一进家门,就看见屋子里被打扫得干干净净,衣服被洗得清清爽爽,桌子上还摆着热腾腾、香喷喷的饭菜。牛郎吃惊得瞪大了眼睛,心想:这是怎么回事?神仙下凡了吗?不管了,先吃饭吧。

此后,一连几天,天天如此,牛郎耐不住性子了,他一定要弄个水落石出。这天,牛郎象往常一样,一大早就出了门,其实,他走了几步就转身回来了,没进家门,而是找了个隐蔽的地方躲了起来,偷偷地观察着。果然,没过多久,来了一位美若天仙的姑娘,一进门就忙着收拾屋子、做饭,甭提多勤劳了!牛郎实在忍不住了,站了出来道:“姑娘,请问你为什么要来帮我做家务呢?”那姑娘吃了一惊,脸红了,小声说道:“我叫织女,看你日子过得辛苦,就来帮帮你。”牛郎听得心花怒放,赶忙接着说:“那你就留下来吧,我们同甘共苦,一起用双手建设幸福的生活!”织女红着脸点了点头,他们就此结为夫妻,男耕女织,生活得很美满。

过了几年,他们生了一男一女两个孩子,一家人过得开心极了。一天,突然间天空乌云密布,狂风大作,雷电交加,织女不见了,两个孩子哭个不停,牛郎急得不知如何是好。正着急时,乌云又突然全散了,天气又变得风和日丽,织女也回到了家中,但她的脸上却满是愁云。只见她轻轻地拉住牛郎,又把两个孩子揽入怀中,说道:“其实我不是凡人,而是王母娘娘的外孙女,现在,天宫来人要把我接回去了,你们自己多多保重!”说罢,泪如雨下,腾云而去。

牛郎搂着两个年幼的孩子,欲哭无泪,呆呆地站了半天。不行,我不能让妻子就这样离我而去,我不能让孩子就这样失去母亲,我要去找她,我一定要把织女找回来!这时,那头老牛突然开口了:“别难过!你把我杀了,把我的皮披上,再编两个箩筐装着两个孩子,就可以上天宫去找织女了。”牛郎说什么也不愿意这样对待这个陪伴了自己数十年的伙伴,但拗不过它,又没有别的办法,只得忍着痛、含着泪照它的话去做了。

到了天宫,王母娘娘不愿认牛郎这个人间的外孙女婿,不让织女出来见他,而是找来七个蒙着面、高矮胖瘦一模一样的女子,对牛郎说:“你认吧,认对了就让你们见面。”牛郎一看傻了眼,怀中两个孩子却欢蹦乱跳地奔向自己的妈妈,原来,母子之间的血亲是什么也无法阻隔的!

王母娘娘没办法了,但她还是不甘心织女再回到人间,于是就下令把织女带走。牛郎急了,牵着两个孩子赶紧追上去。他们跑着跑着,累了也不肯停歇,跌倒了再爬起来,眼看着就快追上了,王母娘娘情急之下拔出头上的金簪一划,在他们中间划出了一道宽宽的银河。从此,牛郎和织女只能站在银河的两端,遥遥相望。而到了每年农历的七月初七,会有成千上万的喜鹊飞来,在银河上架起一座长长的鹊桥,让牛郎织女一家再次团聚。

白蛇传

清明时分,西湖岸边花红柳绿,断桥上面游人如梭,真是好一幅春光明媚的美丽画面。突然,从西湖底悄悄升上来两个如花似玉的姑娘,怎么回事?人怎么会从水里升出来呢?原来,她们是两条修炼成了人形的蛇精,虽然如此,但她们并无害人之心,只因羡慕世间的多彩人生,才一个化名叫白素贞,一个化名叫小青,来到西湖边游玩。

偏偏老天爷忽然发起脾气来,霎时间下起了倾盆大雨,白素贞和小青被淋得无处藏身,正发愁呢,突然只觉头顶多了一把伞,转身一看,只见一位温文尔雅、白净秀气的年轻书生撑着伞在为她们遮雨。白素贞和这小书生四目相交,都不约而同地红了红脸,相互产生了爱慕之情。小青看在眼里,忙说:“多谢!请问客官尊姓大名。”那小书生道:“我叫许仙,就住在这断桥边。”白素贞和小青也赶忙作了自我介绍。从此,他们三人常常见面,白素贞和许仙的感情越来越好,过了不久,他们就结为夫妻,并开了一间“保和堂”药店,小日子过得可美了!

由于“保和堂”治好了很多很多疑难病症,而且给穷人看病配药还分文不收,所以药店的生意越来越红火,远近来找白素贞治病的人越来越多,人们将白素贞亲切地称为白娘子。可是,“保和堂”的兴隆、许仙和白娘子的幸福生活却惹恼了一个人,谁呢?那就是金山寺的法海和尚。因为人们的病都被白娘子治好了,到金山寺烧香求菩萨的人就少多了,香火不旺,法海和尚自然就高兴不起来了。这天,他又来到“保和堂”前,看到白娘子正在给人治病,不禁心内妒火中烧,再定睛一瞧,哎呀!原来这白娘子不是凡人,而是条白蛇变的!

法海虽有点小法术,但他的心术却不正。看出了白娘子的身份后,他就整日想拆散许仙白娘子夫妇、搞垮“保和堂”。于是,他偷偷把许仙叫到寺中,对他说:“你娘子是蛇精变的,你快点和她分手吧,不然,她会吃掉你的!”许仙一听,非常气愤,他想:我娘子心地善良,对我的情意比海还深。就算她是蛇精,也不会害我,何况她如今已有了身孕,我怎能离弃她呢!法海见许仙不上他的当,恼羞成怒,便把许仙关在了寺里。

“保和堂”里,白娘子正焦急地等待许仙回来。一天、两天,左等、右等,白娘子心急如焚。终于打听到原来许仙被金山寺的法海和尚给“留”住了,白娘子赶紧带着小青来到金山寺,苦苦哀求,请法海放回许仙。法海见了白娘子,一阵冷笑,说道:“大胆妖蛇,我劝你还是快点离开人间,否则别怪我不客气了!”白娘子见法海拒不放人,无奈,只得拔下头上的金钗,迎风一摇,掀起滔滔大浪,向金山寺直逼过去。法海眼见水漫金山寺,连忙脱下袈裟,变成一道长堤,拦在寺门外。大水涨一尺,长堤就高一尺,大水涨一丈,长堤就高一丈,任凭波浪再大,也漫不过去。再加上白娘子有孕在身,实在斗不过法海,后来,法海使出欺诈的手法,将白娘子收进金钵,压在了雷峰塔下,把许仙和白娘子这对恩爱夫妻活生生地拆散了。

小青逃离金山寺后,数十载深山练功,最终打败了法海,将他逼进了螃蟹腹中,救出了白娘子,从此,她和许仙以及他们的孩子幸福地生活在一起,再也不分离了。


孟姜女哭长城

秦朝时候,有个善良美丽的女子,名叫孟姜女。一天,她正在自家的院子里做家务,突然发现葡萄架下藏了一个人,吓了她一大跳,正要叫喊,只见那个人连连摆手,恳求道:“别喊别喊,救救我吧!我叫范喜良,是来逃难的。”原来这时秦始皇为了造长城,正到处抓人做劳工,已经饿死、累死了不知多少人!孟姜女把范喜良救了下来,见他知书达理,眉清目秀,对他产生了爱慕之情,而范喜良也喜欢上了孟姜女。他俩儿心心相印,征得了父母的同意后,就准备结为夫妻。

成亲那天,孟家张灯结彩,宾客满堂,一派喜气洋洋的情景。眼看天快黑了,喝喜酒的人也都渐渐散了,新郎新娘正要入洞房,忽然只听见鸡飞狗叫,随后闯进来一队恶狠狠的官兵,不容分说,用铁链一锁,硬把范喜良抓到长城去做工了。好端端的喜事变成了一场空,孟姜女悲愤交加,日夜思念着丈夫。她想:我与其坐在家里干着急,还不如自己到长城去找他。对!就这么办!孟姜女立刻收拾收拾行装,上路了。

一路上,也不知经历了多少风霜雨雪,跋涉过多少险山恶水,孟姜女没有喊过一声苦,没有掉过一滴泪,终于,凭着顽强的毅力,凭着对丈夫深深的爱,她到达了长城。这时的长城已经是由一个个工地组成的一道很长很长的城墙了,孟姜女一个工地一个工地地找过来,却始终不见丈夫的踪影。最后,她鼓起勇气,向一队正要上工的民工询问:“你们这儿有个范喜良吗?”民工说:“有这么个人,新来的。”孟姜女一听,甭提多开心了!她连忙再问:“他在哪儿呢?”民工说:“已经死了,尸首都已经填了城脚了!”

猛地听到这个噩耗,真好似晴天霹雳一般,孟姜女只觉眼前一黑,一阵心酸,大哭起来。整整哭了三天三夜,哭得天昏地暗,连天地都感动了。天越来越阴沉,风越来越猛烈,只听“哗啦”一声,一段长城被哭倒了,露出来的正是范喜良的尸首,孟姜女的眼泪滴在了他血肉模糊的脸上。她终于见到了自己心爱的丈夫,但他却再也看不到她了,因为他已经被残暴的秦始皇害死了。

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2018-06-12酒虫/聊斎志異と芥川 このエントリーを含むブックマーク

酒虫

原文

长山刘氏,体肥嗜饮。每独酌,辄尽一瓮。负郭田三百亩,辄半种黍;而家豪富,不以饮为累也。一番僧见之,谓其身有异疾。刘答言:“无。”僧曰:“君饮尝不醉否?”曰:“有之。”曰:“此酒虫也。”刘愕然,便求医疗。曰:“易耳。”问:“需何药?”俱言不须。但令于日中俯卧,絷手足;去首半尺许,置良酝一器。   移时,燥渴,思饮为极。酒香入鼻,馋火上炽,而苦不得饮。忽觉咽中暴痒,哇有物出,直堕酒中。解缚视之,赤肉长三寸许,蠕动如游鱼,口眼悉备。刘惊谢。酬以金,不受,但乞其虫。问:“将何用?”曰:“此酒之精,瓮中贮水,入虫搅之,即成佳酿。”刘使试之,果然。刘自是恶酒如仇。体渐瘦,家亦日贫,后饮食至不能给。

异史氏曰:“日尽一石,无损其富;不饮一斗,适以益贫:岂饮啄固有数乎?或言:‘虫是刘之福,非刘之病,僧愚之以成其术。’然欤否欤?”

注释

[1]长山:今山东省旧县名。一九五六年并入邹平县。

[2〕负郭田:靠近城郭的田地,指膏腴之田。《史记·苏秦列传》:“使 吾有洛阳负郭田二顷,吾岂能佩六国相印乎?”

[3]番僧:西域来的僧人。番,旧时对西方边境各族的称呼。

[4]去:距离。

[5]哇:吐。

[6]石、斗:都是量酒的计量单位,十斗为石。《史记·滑稽列传》:“臣 饮一斗亦醉,一石亦醉。”

[7]饮啄有数:谓一饮一啄,皆有定数。饮啄,本指鸟类饮食,后泛指人 的饮食。《太平广记·贫妇》引《玉堂闲话》:“一饮一啄,系之于分。” 数,定数、命定的。

译文

山东长山的刘某,身体肥胖爱好饮酒,每当独饮,总要喝尽一瓮。他有靠近城郭的三百亩好地,常常只种一半庄稼;而家里非常富足,并没因为爱喝酒使家境受影响。

一个西域来的僧人见到刘某,说他身患奇异的病症。刘回答:“没有。”僧人问他:“您饮酒是不是不曾醉过?”刘某说:“是的。”僧人说:“这是肚里有酒虫。”刘某非常惊讶,便求他医治。僧人说:“很容易。”刘某问:“需用什么药?”僧人说什么药都不需要,只是让他在太阳底下俯卧,绑住手足;离头半尺多的地方,放置一盆好酒。过了一会儿,刘某感到又热又渴,非常想饮酒。鼻子闻到酒的香味,馋火往上烧,而苦于喝不到酒。忽然觉得咽喉中猛然发痒,哇的一下吐出一个东西,直落到酒盆里。解开手足一看,一条红肉三寸多长,像游鱼一样蠕动着,嘴、眼俱全。刘某很惊骇地向僧人致谢,拿银子报答他,僧人不收,只是请求要这个酒虫。刘某问他:“作什么用?”僧人回答:“它是酒之精,瓮中盛上水,把虫子放进去搅拌,就成了好酒。”刘某让僧人试验,果然是这样。

刘某从此厌恶酒如同仇人,身体渐渐地瘦下去,家境也日渐贫困,最后竟连饭都吃不上了。

异史氏说:每天喝一石酒,并不会损失他的财富;每天连一斗酒都不喝,反而更加贫穷:人的饮食难道都是有定数的吗?有人说:这酒虫是刘某的福星而不是刘某的病根,那个僧人只是想要得到那个酒虫而欺骗了他。是这样吗?不是这样吗?

酒虫

芥川龍之介

朗読

https://www.youtube.com/watch?v=h3gSSMbteas

       一

 近年にない暑さである。どこを見ても、泥で固めた家々の屋根瓦が、鉛のやうに鈍く日の光を反射して、その下に懸けてある燕《つばめ》の巣さへ、この塩梅《あんばい》では中にゐる雛や卵を、そのまゝ蒸殺《むしころ》してしまふかと思はれる。まして、畑と云ふ畑は、麻でも黍でも、皆、土いきれにぐつたりと頭をさげて、何一つ、青いなりに、萎《しほ》れてゐないものはない。その畑の上に見える空も、この頃の温気《うんき》に中《あ》てられたせいか、地上に近い大気は、晴れながら、どんよりと濁つて、その所々に、霰《あられ》を炮烙《ほうろく》で煎つたやうな、形ばかりの雲の峰が、つぶつぶ[#「つぶつぶ」に傍点]と浮かんでゐる。――「酒虫《しゆちう》」の話は、この陽気に、わざ/\炎天の打麦場《だばくぢやう》へ出てゐる、三人の男で始まるのである。

 不思議な事に、その中の一人は、素裸で、仰向けに地面《ぢびた》へ寝ころんでゐる。おまけに、どう云ふ訳だか、細引《ほそびき》で、手も足もぐる/\巻にされてゐる。が格別当人は、それを苦に病んでゐる容子もない。背《せい》の低い、血色の好い、どことなく鈍重と云ふ感じを起させる、豚のやうに肥つた男である。それから手ごろな素焼《すやき》の瓶が一つ、この男の枕もとに置いてあるが、これも中に何がはいつてゐるのだか、わからない。

 もう一人は、黄色い法衣《ころも》を着て、耳に小さな青銅《からかね》の環をさげた、一見、象貌《しやうばう》の奇古《きこ》な沙門《しやもん》である。皮膚の色が並はづれて黒い上に、髪や鬚《ひげ》の縮れてゐる所を見ると、どうも葱嶺《さうれい》の西からでも来た人間らしい。これはさつきから根気よく、朱柄《しゆえ》の麈尾《しゆび》をふりふり、裸の男にたからうとする虻《あぶ》や蠅を追つてゐたが、流石《さすが》に少しくたびれたと見えて、今では、例の素焼《すやき》の瓶の側へ来て、七面鳥のやうな恰好をしながら、勿体《もつたい》らしくしやがんでゐる。

 あとの一人は、この二人からずつと離れて、打麦場の隅にある草房の軒下に立つてゐる。この男は、頤《あご》の先に、鼠の尻尾のやうな髯《ひげ》を、申訳だけに生やして、踵が隠れる程長い 布衫《さうふさん》に、結目をだらしなく垂らした茶褐帯《さかつたい》と云ふ拵へである。白い鳥の羽で製《つく》つた団扇を、時々大事さうに使つてゐる容子では、多分、儒者か何かにちがひない。

 この三人が三人とも、云ひ合せたやうに、口を噤《つぐ》んでゐる。その上、碌に身動きさへもしない、何か、これから起らうとする事に、非常な興味でも持つてゐて、その為に、皆、息をひそめてゐるのではないかと思はれる。

 日は正に、亭午であらう。犬も午睡《ごすゐ》をしてゐるせいか、吠える声一つ聞えない。打麦場を囲んでゐる麻や黍も、青い葉を日に光らせて、ひつそりかんと静まつてゐる。それから、その末に見える空も、一面に、熱くるしく、炎靄をたゞよはせて、雲の峰さへもこの旱《ひでり》に、肩息をついてゐるのかと、疑はれる。見渡した所、息が通つてゐるらしいのは、この三人の男の外にない。さうして、その三人が又、関帝廟に安置してある、泥塑の像のやうに沈黙を守つてゐる。……

 勿論、日本の話ではない。――支那の長山《ちやうざん》と云ふ所にある劉《りう》氏の打麦場で、或年の夏、起つた出来事である。

       二

 裸で、炎天に寝ころんでゐるのは、この打麦場の主人で、姓は劉、名は大成と云ふ、長山では、屈指の素封家《そほうか》の一人である。この男の道楽は、酒を飲む一方で、朝から、殆、盃《さかづき》を離したと云ふ事がない。それも、「独酌する毎に輒《すなはち》、一甕《いちをう》を尽す」と云ふのだから、人並をはづれた酒量である。尤も前にも云つたやうに、「負郭《ふくわく》の田三百畝、半は黍《きび》を種《う》う」と云ふので、飲《いん》の為に家産が累《わづら》はされるやうな惧《おそれ》は、万々ない。

 それが、何故、裸で、炎天に寝ころんでゐるかと云ふと、それには、かう云ふ因縁がある。――その日、劉が、同じ飲仲間の孫先生《そんせんせい》と一しよに(これが、白羽扇《はくうせん》を持つてゐた儒者である。)風通しのいゝ室《へや》で、竹婦人《ちくふじん》に靠《もた》れながら、棋局を闘《たゝか》はせてゐると、召使ひの丫鬟《あくわん》が来て、「唯今、宝幢寺《はうどうじ》とかにゐると云ふ、坊さんが御見えになりまして、是非、御主人に御目にかゝりたいと申しますが、いかゞ致しませう。」と云ふ。

「なに、宝幢寺?」かう云つて、劉は小さな眼《め》を、まぶしさうに、しばたたいたが、やがて、暑さうに肥つた体を起しながら、「では、こゝへ御通し申せ。」と云ひつけた。それから、孫先生の顔をちよいと見て「大方あの坊主でせう。」とつけ加へた。

 宝幢寺にゐる坊主と云ふのは、西域《せいいき》から来た蛮僧である。これが、医療も加へれば、房術も施すと云ふので、この界隈では、評判が高い。たとへば、張三の黒内障が、忽、快方に向つたとか、李四の病閹《べうえん》が、即座に平癒したとか、殆、奇蹟に近い噂が盛に行はれてゐるのである。――この噂は、二人とも聞いてゐた。その蛮僧が、今、何の用で、わざわざ、劉の所へ出むいて来たのであらう。勿論、劉の方から、迎へにやつた覚えなどは、全然ない。

 序に云つて置くが、劉は、一体、来客を悦ぶやうな男ではない。が、他《た》に一人、来客がある場合に、新来の客が来たとなると、大抵ならば、快く会つてやる。客の手前、客のあるのを自慢するとでも云つたらよささうな、小供らしい虚栄心を持つてゐるからである。それに、今日の蛮僧は、この頃、どこででも評判になつてゐる。決して、会つて恥しいやうな客ではない。――劉が会はうと云ひ出した動機は、大体こんな所にあつたのである。

「何の用でせう。」

「まづ、物貰ひですな。信施《しんぜ》でもしてくれと云ふのでせう。」

 こんな事を、二人で話してゐる内に、やがて、丫鬟《あくわん》の案内で、はいつて来たのを見ると、背《せい》の高い、紫石稜《しせきれう》のやうな眼をした、異形《いぎやう》な沙門である。黄色い法衣《ころも》を着て、その肩に、縮れた髪の伸びたのを、うるささうに垂らしてゐる。それが、朱柄の麈尾《しゆび》を持つたまゝ、のつそり室《へや》のまん中に立つた。挨拶もしなければ、口もきかない。

 劉は、しばらく、ためらつてゐたが、その内に、それが何となく、不安になつて来たので「何か御用かな。」と訊いて見た。

 すると、蛮僧が云つた。「あなたでせうな、酒が好きなのは。」

「さやう。」劉は、あまり問が唐突《だしぬけ》なので、曖昧な返事をしながら、救を求めるやうに、孫先生の方を見た。孫先生は、すまして、独りで、盤面に石を下してゐる。まるで、取り合ふ容子はない。

「あなたは、珍しい病に罹つて御出になる。それを御存知ですかな。」蛮僧は念を押すやうに、かう云つた。劉は、病と聞いたので、けげんな顔をして、竹婦人を撫《な》でながら、

「病――ですかな。」

「さうです。」

「いや、幼少の時から……」劉が何か云はうとすると、蛮僧はそれを遮《さへぎ》つて、

「酒を飲まれても、酔ひますまいな。」

「……」劉は、ぢろぢろ、相手の顔を見ながら、口を噤《つぐ》んでしまつた。実際この男は、いくら酒を飲んでも、酔つた事がないのである。

「それが、病の証拠ですよ。」蛮僧は、うす笑《わらひ》をしながら、語をついで、「腹中に酒虫がゐる。それを除かないと、この病は癒《なほ》りません。貧道は、あなたの病を癒しに来たのです。」

「癒りますかな。」劉は思はず覚束《おぼつか》なさうな声を出した。さうして、自分でそれを恥ぢた。

「癒ればこそ、来ましたが。」

 すると、今まで、黙つて、問答を聞いてゐた孫先生が、急に語を挟んだ。

「何か、薬でも御用ひか。」

「いや、薬なぞは用ひるまでもありません。」蛮僧は不愛想《ぶあいさう》に、かう答へた。

 孫先生は、元来、道仏の二教を殆、無理由に軽蔑してゐる。だから、道士とか僧侶とかと一しよになつても、口をきいた事は滅多《めつた》にない。それが、今ふと口を出す気になつたのは、全く酒虫と云ふ語の興味に動かされたからで、酒の好きな先生は、これを聞くと、自分の腹の中にも、酒虫がゐはしないかと、聊《いささか》、不安になつて来たのである。所が、蛮僧の不承不承な答を聞くと、急に、自分が莫迦《ばか》にされたやうな気がしたので、先生はちよいと顔をしかめながら、又元の通り、黙々として棋子を下しはじめた。さうして、それと同時に、内心、こんな横柄な坊主に会つたり何ぞする主人の劉を、莫迦げてゐると思ひ出した。

 劉の方では、勿論そんな事には頓着《とんちやく》しない。

「では、針でも使ひますかな。」

「なに、もつと造作のない事です。」

「では呪《まじなひ》ですかな。」

「いや、呪でもありません。」

 かう云ふ会話を繰返した末に、蛮僧は、簡単に、その療法を説明して聞かせた。――それによるに、唯、裸になつて、日向《ひなた》にぢつとしてゐさへすればよいと云ふのである。劉には、それが、甚、容易な事のやうに思はれた。その位の事で癒るなら、癒して貰ふのに越した事はない。その上、意識してはゐなかつたが、蛮僧の治療を受けると云ふ点で、好奇心も少しは動いてゐた。

 そこでとうとう、劉も、こつちから頭を下げて、「では、どうか一つ、癒して頂きませう。」と云ふ事になつた。――劉が、裸で、炎天の打麦場にねころんでゐるのには、かう云ふ謂《いは》れが、あるのである。

 すると蛮僧は、身動きをしてはいけないと云ふので、劉の体を細引で、ぐるぐる巻にした。それから、僮僕《どうぼく》の一人に云ひつけて、酒を入れた素焼の瓶を一つ、劉の枕もとへ持つて来させた。当座の行きがかりで、糟邱《そうきう》の良友たる孫先生が、この不思議な療治に立合ふ事になつたのは云ふまでもない。

 酒虫と云ふ物が、どんな物だか、それが腹の中にゐなくなると、どうなるのだか、枕もとにある酒の瓶は、何にするつもりなのだか、それを知つてゐるのは、蛮僧の外に一人もない。かう云ふと、何も知らずに、炎天へ裸で出てゐる劉は、甚、迂濶《うくわつ》なやうに思はれるが、普通の人間が、学校の教育などをうけるのも、実は大抵、これと同じやうな事をしてゐるのである。

       三

 暑い。額へ汗がぢりぢりと湧いて来て、それが玉になつたかと思ふと、つうつと生暖《なまあつたか》く、眼の方へ流れて来る。生憎、細引でしばられてゐるから、手を出して拭ふ訳には、勿論行かない。そこで、首を動かして、汗の進路を変へやうとすると、その途端に、はげしく眩暈《めまひ》がしさうな気がしたので、残念ながら、この計画も亦、見合せる事にした。その中に、汗は遠慮なく、眶《まぶた》をぬらして、鼻の側から口許《くちもと》をまはりながら、頤の下まで流れて行く。気味が悪い事|夥《おびただ》しい。

 それまでは、眼を開《あ》いて、白く焦された空や、葉をたらした麻畑を、まじ/\と眺めてゐたが、汗が無暗《むやみ》に流れるやうになつてからは、それさへ断念しなければならなくなつた。劉は、この時、始めて、汗が眼にはいると、しみるものだと云ふ事を、知つたのである。そこで、屠所《としよ》の羊の様な顔をして、神妙に眼をつぶりながら、ぢつと日に照りつけられてゐると、今度は、顔と云はず体と云はず、上になつてゐる部分の皮膚が、次第に或痛みを感じるやうになつて来た。皮膚の全面に、あらゆる方向へ動かうとする力が働いてゐるが、皮膚自身は、それに対して、毫《がう》も弾力を持つてゐない。それでどこもかしこも、ぴり/\する――とでも説明したら、よからうと思ふ痛みである。これは、汗所《あせどころ》の苦しさではない。劉は、少し蛮僧の治療をうけたのが、忌々《いまいま》しくなつて来た。

 しかし、これは、後になつて考へて見ると、まだ苦しくない方の部だつたのである。――そのうちに、喉《のど》が渇いて来た。劉も、曹孟徳か誰かが、前路に梅林ありと云つて、軍士の渇を医《い》したと云ふ事は知つてゐる。が、今の場合、いくら、梅子の甘酸を念頭に浮べて見ても、喉の渇く事は、少しも前と変りがない。頤を動かして見たり、舌を噛んで見たりしたが、口の中《うち》は依然として熱を持つてゐる。それも、枕もとの素焼の瓶がなかつたら、まだ幾分でも、我慢がし易かつたのに違ひない。所が、瓶の口からは、芬々《ふんぷん》たる酒香が、間断なく、劉の鼻を襲つて来る。しかも、気のせいか、その酒香が、一分毎に、益々高くなつて来るやうな心もちさへする。劉は、せめて、瓶だけでも見ようと思つて、眼をあけた。上眼を使つて見ると、瓶の口と、応揚《おうやう》にふくれた胴の半分ばかりが、眼にはいる。眼にはいるのは、それだけであるが、同時に、劉の想像には、その瓶のうす暗い内部に、黄金《きん》のやうな色をした酒のなみ/\と湛《たた》へてゐる容子《ようす》が、浮んで来た。思はず、ひびの出来た唇を、乾いた舌で舐めまはして見たが、唾の湧く気色《けしき》は、更にない。汗さへ今では、日に干されて、前のやうには、流れなくなつてしまつた。

 すると、はげしい眩暈《めまひ》が、つづいて、二三度起つた。頭痛はさつきから、しつきりなしにしてゐる。劉は、心の中《うち》で愈、蛮僧を怨めしく思つた。それから又何故、自分ともあるものが、あんな人間の口車に乗つて、こんな莫迦げた苦しみをするのだらうとも思つた。そのうちに、喉は、益々、渇いて来る。胸は妙にむかついて来る。もう我慢にも、ぢつとしてはゐられない。そこで劉はとう/\思切つて、枕もとの蛮僧に、療治の中止を申込むつもりで、喘ぎながら、口を開いた。――

 すると、その途端である。劉は、何とも知れない塊《かたまり》が、少しづゝ胸から喉へ這ひ上つて来るのを感じ出した。それが或は蚯蚓《みゝず》のやうに、蠕動《ぜんどう》してゐるかと思ふと、或は守宮《やもり》のやうに、少しづゝ居ざつてゐるやうでもある。兎《と》に角《かく》或柔い物が、柔いなりに、むづりむづりと、食道を上へせり上つて来るのである。さうしてとうとうしまひに、それが、喉仏《のどぼとけ》の下を、無理にすりぬけたと思ふと、今度はいきなり、鰌《どぜう》か何かのやうにぬるりと暗い所をぬけ出して、勢よく外へとんで出た。

 と、その拍子に、例の素焼の瓶の方で、ぽちやりと、何か酒の中へ落ちるやうな音がした。

 すると、蛮僧が、急に落ちつけてゐた尻を持ち上げて、劉の体にかゝつてゐる、細引を解きはじめた。もう、酒虫が出たから、安心しろと云ふのである。

「出ましたかな。」劉は、呻《うめ》くやうにかう云つて、ふらふらする頭を起しながら、物珍しさの余り、喉の渇いたのも忘れて、裸のまま、瓶の側へ這ひよつた。それと見ると、孫先生も、白羽扇で日をよけながら、急いで、二人の方へやつて来る。さて、三人揃つて瓶の中を覗きこむと、肉の色が朱泥《しゆでい》に似た、小さな山椒魚《さんしやううを》のやうなものが、酒の中を泳いでゐる。長さは、三寸ばかりであらう。口もあれば、眼もある。どうやら、泳ぎながら、酒を飲んでゐるらしい。劉はこれを見ると、急に胸が悪くなつた。……

       四

 蛮僧の治療の効は、覿面《てきめん》に現れた。劉大成は、その日から、ぱつたり酒が飲めなくなつたのである。今は、匂を嗅ぐのも、嫌だと云ふ。所が、不思議な事に、劉の健康が、それから、少しづつ、衰へて来た。今年で、酒虫を吐いてから、三年になるが、往年の丸丸と肥つてゐた俤《おもかげ》は、何処にもない。色光沢《いろつや》の悪い皮膚が、脂じみたまま、険しい顔の骨を包んで、霜に侵された双髩《さうびん》が、纔《わづか》に、顳颥《こめかみ》の上に、残つてゐるばかり、一年の中に、何度、床につくか、わからない位ださうである。

 しかし、それ以来、衰へたのは、劉の健康ばかりではない。劉の家産も亦とんとん拍子に傾いて、今では、三百畝を以て数へた負郭《ふくわく》の田も、多くは人の手に渡つた。劉自身も、余儀なく、馴れない手に鋤《すき》を執つて、佗しいその日その日を送つてゐるのである。

 酒虫を吐いて以来、何故、劉の健康が衰へたか。何故、家産が傾いたか――酒虫を吐いたと云ふ事と、劉のその後の零落とを、因果の関係に並べて見る以上、これは、誰にでも起りやすい疑問である。現にこの疑問は、長山に住んでゐる、あらゆる職業の人人によつて繰返され、且、それらの人人の口から、あらゆる種類の答を与へられた。今、ここに挙げる三つの答も、実はその中から、最、代表的なものを選んだのに過ぎない。

 第一の答。酒虫は、劉の福であつて、劉の病ではない。偶《たま/\》、暗愚《あんぐ》の蛮僧に遇つた為に、好んで、この天与の福を失ふやうな事になつたのである。

 第二の答。酒虫は、劉の病であつて、劉の福ではない。何故と云へば、一飲一甕を尽すなどと云ふ事は、到底、常人の考へられない所だからである。そこで、もし酒虫を除かなかつたなら、劉は必久しからずして、死んだのに相違ない。して見ると、貧病、迭《かたみ》に至るのも、寧《むしろ》劉にとつては、幸福と云ふべきである。

 第三の答。酒虫は、劉の病でもなければ、劉の福でもない。劉は、昔から酒ばかり飲んでゐた。劉の一生から酒を除けば、後には、何も残らない。して見ると、劉は即《そく》酒虫、酒虫は即劉である。だから、劉が酒虫を去つたのは自ら己を殺したのも同前である。つまり、酒が飲めなくなつた日から、劉は劉にして、劉ではない。劉自身が既になくなつてゐたとしたら、昔日《せきじつ》の劉の健康なり家産なりが、失はれたのも、至極、当然な話であらう。

 これらの答の中で、どれが、最よく、当を得てゐるか、それは自分にもわからない。自分は、唯、支那の小説家の Didacticism に倣《なら》つて、かう云ふ道徳的な判断を、この話の最後に、列挙して見たまでゝある。

――五年四月――

底本:「芥川龍之介全集 第一巻」岩波書店

   1995(平成7)年11月8日発行

親本:「鼻」春陽堂

   1918(大正7)年7月8日発行

入力:earthian

校正:林めぐみ

1998年11月13日公開

2004年3月9日修正

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2018-05-20聊斎志異 偷桃 このエントリーを含むブックマーク

以下の現代中国語訳を参考にして、日本語現代語訳を完成させなさい。

聊斎志異 偷桃

◆忽有一人率披髪童,荷擔而上,似有所白;萬聲洶動,亦不聞其爲何語,但視堂上作笑聲。

●忽ち有一人(いちにん)の披髪(ひはつ)の童(わらべ)を率(ひき)いるあり。荷擔(かたん)して上り、白(もう)する所有るがごとし。萬聲(ばんせい)洶動(きょうどう)し、亦た其れ何(いず)れの語たるかを聞かず、但だ堂上に作笑聲を作(な)すを視る。

◇忽然有個人上台了,挑着擔子,還帶個小孩,小孩沒有梳髪髻,披頭散髪的。此人站在官員面前不知在說什麼,周圍嘈雜也聽不清,隻能看到那些官員聽了此人自我介紹之後,哈哈大笑。

Hūrán yǒu gerén shàngtáile, tiāozhe dànzi, hái dài ge xiǎohái, xiǎohái méiyǒu shū fā jì, pītóusànfà de. Cǐ rén zhàn zài guānyuán miànqián bùzhī zài shuō shénme, zhōuwéi cáozá yě tīng bù qīng, zhī néng kàn dào nàxiē guānyuán tīng liǎo cǐ rén zìwǒ jièshào zhīhòu, hāhā dà xiào.

◆即有青衣人大聲命作劇。其人應命方興,問:“作何劇?”堂上相顧數語,吏下宣問所長。答言:“能顛倒生物。”吏以白官。小頃複下,命取桃子。

●即ち青衣の人の大聲にて劇を作(な)せと命ずる有り。其の人命に應じて方(まさ)に興(お)きて問う、何(いず)れの劇を作すかと。堂上相顧(かえり)みて數語、吏は下りて所長ずるところを宣問す。答えて言う、能(よ)く生物を顛倒すと。吏は以て官に白(もう)す、小頃(しょうけい)にして複(ま)た下り、桃子(とうし)を取るを命ず。

◇於是命令這人開始表演,此時圍觀的人們漸漸安靜下來,隻聽到這個人問官員:“請出個表演題目吧。”官員們感到很奇怪,就問他:“你擅長表演什麼啊?”這人回答到:“我是個方士,顛倒生物時令是我的看家本事。”官員想了想,讓他取一枚鮮桃來。

Yúshì mìnglìng zhè rén kāishǐ biǎoyǎn, cǐ shí wéiguān de rénmen jiànjiàn ānjìng xiàlái, zhī tīngdào zhège rén wèn guānyuán:“Qǐng chū ge biǎoyǎn tímù ba.” Guānyuánmen gǎndào hěn qíguài, jiù wèn tā:“Nǐ shàncháng biǎoyǎn shénme a?” Zhè rén huídá dào:“Wǒ shìge fāngshì, diāndǎo shēngwù shí lìng shì wǒ de kān jiā běnshì.” Guānyuán xiǎngle xiǎng, ràng tā qǔ yī méi xiān táo lái.

◆術人應諾, 解衣覆笥上,故作怨狀,曰:“官長殊不了了!堅冰未解,安所得桃?不取,又恐爲南面者怒,奈何!”

●術人は應諾(おうだく)し、衣(ころも)を解きて笥上を覆(おお)い、故(ことさら)に怨状(えんじょう)を作して曰く、官長は殊に了了たらず、堅冰未だ解けざるに安(いず)くにか桃を得(う)る所ぞ、取らざれば又南面者(なんめんしゃ)の怒(いか)る所と為るを恐る、奈何(いかん)せんと。

◇春節正是隆冬季節,連蔬菜都少見,更不用說鮮桃了。這個方士歎了口氣,放下擔子,將外衣蓋在筐上,抱怨道:“這題目也太難了,冰還沒化,去哪里找鮮桃啊。不去取吧,又沒法交代,這可怎麼辦啊。”

Chūnjié zhèng shì lóngdōng jìjié, lián shūcài dōu shǎojiàn, gèng bùyòng shuō xiān táole. Zhège fāngshì tànle kǒuqì, fàngxià dànzi, jiāng wàiyī gài zài kuāng shàng, bàoyuàn dào:“Zhè tímù yě tài nánle, bīng hái méi huà, qù nǎlǐ zhǎo xiān táo a. Bù qù qǔ ba, yòu méi fǎ jiāodài, zhè kě zěnme bàn a.”

◆其子曰:“父已諾之,又焉辭?”術人惆悵良久,乃曰:“我籌之爛熟:春初雪積,人間何處可覓?惟王母園中四時常不凋謝,或有之。必竊之天上乃可。”

●其の子曰く、父は已に之を諾す、又焉(いずく)んぞ辭せんや、と。術人惆悵(ちゅうちょう)すること良(やや)久しくして乃(すなわ)ち曰う、我が籌(ちゅう)の爛熟(らんじゅく)せり。春初雪積もるに、人間(じんかん)何處(いずく)にか覓(もと)むべけんや。惟だ王母の園中のみ、四時常に凋謝(ちょうしゃ)せず、或いは之(これ)有らん。必ず之を天上に竊(ぬす)めば乃(すなわ)ち可ならん、と。

◇那個小孩說:“爹啊,你已經吹牛吹出去了,怎地又想反悔?”方士惆悵半晌,怔怔的說:“我想了很久,春天未至,人間看來是無法找到桃子,隻好上王母娘娘的果園去,那里四季如春,應該有桃。”

Nàge xiǎohái shuō:“Diē a, nǐ yǐjīng chuīniú chuī chūqùle, zěndi yòu xiǎng fǎnhuǐ?” Fāngshì chóuchàng bànshǎng, zhèngzhèng de shuō:“Wǒ xiǎngle hěnjiǔ, chūntiān wèi zhì, rénjiān kàn lái shì wúfǎ zhǎodào táozi, zhīhǎo shàng wángmǔniángniáng de guǒyuán qù, nàlǐ sìjì rú chūn, yīnggāi yǒu táo.”

◆子曰:“嘻!天可階而升乎?”曰:“有術在。”乃啟笥,出繩一團約數十丈,理其端,望空中擲去;繩即懸立空際,若有物以掛之。未幾愈擲愈高,渺入雲中,手中繩亦盡。

●子曰く、嘻(ああ)、天は階(はしご)して升(のぼ)るべけんや、と。曰く、有の術在る有り。乃ち笥を啓(ひら)きて繩の一團を出(いだ)すこと約數十丈、其の端を理(おさ)めて、空中を望みて擲去(てききょ)す。繩即ち空際(くうさい)に懸立(けんりつ)し、物有りて以て之を掛くるが若(ごと)し。未だ幾(いくば)くならずして愈(いよいよ)擲(なげう)ち愈(いよいよ)高く、渺(はる)か雲中に入り、手中の繩も亦た盡(つ)く。

◇他兒子又笑道:“爹爹又說瘋話,天又沒有台階,怎麼上去?”方士說:“看爹的。”於是從擔子的筐里取出一捆繩子,看樣子有數十丈長。方士理了理繩子,找出端頭,向天上抛去。繩子果然懸在了半空中,好像有東西掛着一樣。方士抓着剩下的繩子連續上抛,繩頭越抛越高,漸漸進入雲朵里邊,看不清了,而垂下來的也已經抛完,剩了一個另一個繩頭垂在那里。

Tā érzi yòu xiào dào:“Diēdiē yòu shuō fēnghuà, tiān yòu méiyǒu táijiē, zěnme shàngqù?” Fāngshì shuō:“Kàn diē de.” Yúshì cóng dànzi de kuāng lǐ qǔchū yī kǔn shéngzi, kàn yàngzi yǒu shù shí zhàng zhǎng. Fāngshì lǐle lǐ shéngzi, zhǎo chū duān tóu, xiàng tiānshàng pāo qù. Shéngzi guǒrán xuán zàile bànkōng zhōng, hǎoxiàng yǒu dōngxī guàzhe yīyàng. Fāngshì zhuāzhe shèng xià de shéngzi liánxù shàng pāo, shéng tóu yuè pāo yuè gāo, jiànjiàn jìnrù yúnduǒ lǐbiān, kàn bù qīngle, ér chuí xiàlái de yě yǐjīng pāo wán, shèngle yīge lìng yīge shéng tóu chuí zài nàlǐ.

◆乃呼子曰:“兒來!余老憊,體重拙,不能行,得汝一往。”遂以繩授子,曰:“持此可登。”子受繩有難色,怨曰:“阿翁亦大憒憒!如此一線之繩,欲我附之以登萬仞之高天,倘中道斷絕,骸骨何存矣!”

●乃ち子を呼びて曰く、兒(こ)來たれ、余は老憊(ろうはい)し體(からだ)重く拙(つたな)し、行くこと能(あたわ)ず、汝をして一たび往(ゆ)かしむることを得んや、と。遂に繩を以て子に授けて曰く、此を持ちて登るべし、と。子は繩を受けて難色あり、怨(うら)みて曰く、阿翁も亦(ま)た大いに憒憒(かいかい)たり、此(かく)の如き一線の繩、我に之を附して以て登萬仞(ばんじん)の高天に登らしめんと欲す、倘(も)し中道に斷絕(だんぜつ)すれば、骸骨(がいこつ)何ぞ存せんや、と。

◇方士喊他兒子過來:“兒啊,爹老了,爬不動了,此番上天路程遙遠,得你跑一趟了。”說着把繩頭塞到孩子手里。小孩面露怯色,說:“爹爹真是讓我爲難,這麼細的繩子,爬上萬仞之天,要是中途繩子斷了摔下來,連屍骨都找不到。”

Fāngshì hǎn tā érzi guòlái:“Er a, diē lǎole, pá bùdòngle, cǐ fān shàngtiān lùchéng yáoyuǎn, dé nǐ pǎo yī tàngle.” Shuōzhe bǎ shéng tóu sāi dào háizi shǒu lǐ. Xiǎohái miàn lòuqiè sè, shuō:“Diēdiē zhēnshi ràng wǒ wèinán, zhème xì de shéngzi, pá shàng wàn rèn zhī tiān, yàoshi zhōngtú shéngzi duànle shuāi xiàlái, lián shīgǔ dōu zhǎo bù dào.”

◆父又強嗚拍之,曰:“我已失口,追悔無及,煩兒一行。倘竊得來,必有百金賞,當爲兒娶一美婦。”子乃持索,盤鏇而上,手移足隨,如蛛趁絲,漸入雲霄,不可複見。

●父又強いて之を嗚拍(めいはく)して曰く、我已に口を失う、追悔(ついかい)すれど及ぶ無し、兒を煩(わずら)わして一たび行(ゆ)かしめん、倘(も)し竊み得て來たらば必ず百金の賞有り、當(まさ)に兒の爲に一美婦を娶(めと)るべし、と。子は乃ち索を持ち、盤鏇(ばんせん)にして上り、手移り足隨(したが)い、蛛の絲を趁(お)うが如く、漸(ようや)く雲霄(うんしょう)に入り、複(ま)た見るべからず。

◇方士眼里含着淚,拍拍小孩的頭,說:“兒啊,爹已經吹出去了,後悔也晚了,還得連累你。如果這次你偷來桃子,或許官老爺們會賞金百兩,我一定給你娶一房漂亮媳婦。”小孩眼睛轉了轉,就拽着繩子開始網上爬了,手拉腳撑,就像蜘蛛攀絲一樣,漸漸爬到雲彩里邊,隱約已經不見人影。

Fāngshì yǎn lǐ hánzhe lèi, pāi pāi xiǎohái de tóu, shuō:“Er a, diē yǐjīng chuī chūqùle, hòuhuǐ yě wǎnle, hái dé liánlèi nǐ. Rúguǒ zhècì nǐ tōu lái táozi, huòxǔ guān lǎoyémen huì shǎngjīn bǎi liǎng, wǒ yīdìng gěi nǐ qǔ yī fáng piàoliang xífù.” Xiǎohái yǎnjīng zhuǎnle zhuǎn, jiù zhuāizhe shéngzi kāishǐ wǎng shàng pále, shǒu lā jiǎo chēng, jiù xiàng zhīzhū pān sī yīyàng, jiànjiàn pá dào yúncai lǐbiān, yǐnyuē yǐjīng bùjiàn rényǐng.

◆久之,墜一桃如碗大。術人喜,持獻公堂。堂上傳示良久,亦不知其真偽。忽而繩落地上,術人驚曰:“殆矣!上有人斷吾繩,兒將焉托!”

●之を久くして墜つること一桃、碗の大なるが如し。術人喜び、持ちて公堂に獻ず。堂上傳示(でんし)すること良(やや)久しくするも、亦た其の真偽を知らず。忽(たちま)ちにして繩地上に落ち、術人驚きて曰く、殆(あや)うきかな、上に人有りて吾が繩を斷つ、兒(こ)將(は)た焉(いず)くにか托せんや、と。

◇過了許久,從上面掉下一個碗口大小的桃子,方士大喜,連忙撿起來獻上。官員們傳閱審察了許久,也看不出是不是假桃子。這邊正在查驗桃子,那邊天上的繩子忽然就掉下來了,方士見狀大驚:“完蛋了,有人割斷了繩子,我兒子要掉下來了。”

Guòle xǔjiǔ, cóng shàngmiàn diào xià yīge wǎn kǒu dàxiǎo de táozi, fāngshì dàxǐ, liánmáng jiǎn qǐlái xiàn shàng. Guānyuánmen chuányuè shěnchále xǔjiǔ, yě kàn bù chū shì bùshì jiǎ táozi. Zhè biān zhèngzài cháyàn táozi, nà biān tiānshàng de shéngzi hūrán jiù diào xiàláile, fāngshì jiàn zhuàng dà jīng:“Wándànle, yǒurén gēduànle shéngzi, wǒ érzi yào diào xiàláile.”

◆移時一物墜,視之,其子首也。捧而泣曰:“是必偷桃爲監者所覺。吾兒休矣!”又移時一足落;無何,肢體紛墜,無複存者。

●時を移して一物(いちぶつ)墜(お)つ、之を視れば、其の子の首(こうべ)なり。捧(ささ)げて泣きて曰く、是れ必ず桃を偷(ぬす)みて、監者(かんじゃ)の覺(さと)るところと為(な)らん。吾が兒休せり、と。又時を移して一足落つ。何(いくば)くも無く、肢體(したい)紛(ふん)として墜ち、複た存する者無し。

◇正說着呢,又掉下一個東西,一看是小孩的腦袋。方士撲到在地,捧着小孩的頭大哭起來:“肯定是看院子的人發現了,我苦命的孩子啊~~~!”接着,手啊、腳啊什麼的紛紛掉了下來。

Zhèng shuō zhene, yòu diào xià yīge dōngxī, yī kàn shì xiǎohái de nǎodai. Fāngshì pū dào zài dì, pěngzhe xiǎohái de tóu dà kū qǐlái:“Kěndìng shì kàn yuànzi de rén fāxiànle, wǒ kǔmìng de háizi a ~~~!” Jiēzhe, shǒu a, jiǎo a shénme de fēnfēn diàole xiàlái.

◆術人大悲,一一拾置笥中而闔之,曰:“老夫止此兒,日從我南北游。今承嚴命,不意罹此奇慘!當負去瘞之。”乃升堂而跪,曰:“爲桃故,殺吾子矣!如憐小人而助之葬,當結草以圖報耳。”坐官駭詫,各有賜金。

●術人大いに悲しむ。一一拾いて笥中に置きて之を闔(と)じて曰く、老夫は止(た)だ此の兒のみ、日々(ひび)我に従いて南北に游ぶ。今嚴命を承り、此の奇慘(きさん)に罹(かか)るとは意(おも)わざりき。當(まさ)に負い去りて之を瘞(うず)むべし、と。乃ち堂に升りて跪(ひざまづ)きて曰く、桃の爲が故に吾子を殺(あや)めり。如(も)し小人を憐(あわれ)みて之を助けて葬(ほうむ)らしむれば、當(まさ)に草を結びて以て報を圖(はか)るべきのみ、と。坐官(ざかん)駭詫(がいた)して、各々(おのおの)金を賜うこと有り。

◇方士強忍悲痛,一個個撿起來,放到擔子的筐里,並且自言自語:“老夫唯一的骨肉啊,走南闖北這麼多年都是我兒子陪着,沒想到今天遭此大難……” 收拾好孩子的屍體之後,方士上前跪倒,對官員們說:“爲了取桃子,我兒子已經殞命,如果各位大人能可憐可憐我,給我出點喪葬費,我一定感激不盡……”在座的官員們正在驚詫,聞聽此言,紛紛不吝腰包,賜給方士不少金錢財物。

Fāngshì qiáng rěn bēitòng, yīgè gè jiǎn qǐlái, fàng dào dànzi de kuāng lǐ, bìngqiě zì yán zì yǔ:“Lǎofū wéiyī de gǔròu a, zǒunánchuǎngběi zhème duōnián dōu shì wǒ érzi péizhe, méi xiǎngdào jīntiān zāo cǐ dànàn……” shōushí hǎo háizi de shītǐ zhīhòu, fāngshì shàng qián guì dǎo, duì guānyuánmen shuō:“Wèile qǔ táozi, wǒ érzi yǐjīng yǔnmìng, rúguǒ gèwèi dàrén néng kělián kělián wǒ, gěi wǒ chū diǎn sāngzàng fèi, wǒ yīdìng gǎnjī bù jìn……” zàizuò de guānyuánmen zhèngzài jīngchà, wén tīng cǐ yán, fēnfēn bùlìn yāobāo, cì gěi fāngshì bù shǎo jīnqián cáiwù.

◆術人受而纏諸腰,乃扣笥而呼曰:“八八兒,不出謝賞將何待?”忽一蓬頭童首抵笥蓋而出,望北稽首,則其子也。以其術奇,故至今猶記之。後聞白蓮教能爲此術,意此其苗裔耶?

●術人受けて諸(これ)を腰に纏い、乃ち笥を扣(たた)きて呼びて曰く、八八兒(パパアル)、出(いで)て賞に謝せずして將(は)た何をか待つ、と。忽ち一蓬頭(ほうとう)の童(わらべ)の首(こうべ)笥の蓋に抵(あた)り出(いで)て、北を望みて稽首(けいしゅ)す、則ち其の子なり。其の術の奇なるを以てが故(ゆえ)に今に至るまで猶お之を記す。後に白蓮教(びゃくれんきょう)は能く此の術を爲すと聞く。意(おも)うに此れは其の苗裔(びょうえい)なるか。

◇方士領了錢物,放在腰包里,走到擔子旁邊,用手叩打籮筐,呼道:“八八兒,還不出來謝賞?”,然後隻見個披頭散髪的小孩頂開籮筐蓋子,朝着官員們拜去,仔細一看,果然是剛才上天偷桃那個小孩。這是我記憶中最深刻和神奇的方術了,後來聽說白蓮教的人也能做出如此神奇的法術……難道他們是苗族人後代?

Fāngshì lǐngle qián wù, fàng zài yāobāo lǐ, zǒu dào dànzi pángbiān, yòng shǒu kòudǎ luókuāng, hū dào:“Bābā er, hái bù chūlái xiè shǎng?”, Ránhòu zhī jiàn ge pītóusànfà de xiǎohái dǐng kāi luókuāng gàizi, cháozhe guānyuánmen bài qù, zǐxì yī kàn, guǒrán shì gāngcái shàngtiān tōu táo nàge xiǎohái. Zhè shì wǒ jìyì zhōng zuì shēnkè hé shénqí de fāng shùle, hòulái tīng shuō báilián jiào de rén yě néng zuò chū rúcǐ shénqí de fǎshù……nándào tāmen shì miáozú rén hòudài?

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2018-05-08紅楼夢あらすじ(授業用) このエントリーを含むブックマーク

紅楼夢あらすじ

 女媧(じょか:中国の伝説上の女神、頭は人間で体は蛇)が天を作ったとき、三万六千五百個の石を使ったという。最後に残った一個は修行によって魂を得た石で、天の一部としては使われなかった。ある日通りかかった道士によって「莫失莫忘、仙寿恒昌」の8文字を刻まれ、「通霊宝玉」として地上に降りることになった。紅楼夢の主人公、賈宝玉が生まれた時に口に含んでいた五色の透き通った美しい玉がこれである。

 賈宝玉(かほうぎょく)の生まれた賈府は裕福な貴族である金陵四大家族(賈・史・王・薛家を指し、賈府を頂点とする金陵省で権勢を誇った封建官僚集団)のひとつで、賈家の兄弟家族はそれぞれ栄国府と寧国府という二つの豪邸を構えており、宝玉は栄国府の貴公子であった。

 栄国府と寧国府には宝玉のいとこなどにあたる、年ごろが似通った美少女が多く暮らしている。賈宝玉は詩や恋愛には興味があるが、官職を得るための勉強を嫌い、「女の子は水で出来た体、男は泥で出来た体」と言って、もっぱら一族の美少女・美女たちを相手に遊びに興じ、風流な生活を送っていた。

 家庭の事情で賈家にやって来た林黛玉(りんたいぎょく)は、手を触れれば折れそうな華奢な美少女である。詩歌に秀で機知に富むが、病弱かつ繊細、神経質で、極めて感受性が強い。彼女は宝玉を愛するが、プライドの高さゆえに気持ちをうまく伝えられない。宝玉もまた林黛玉に惹かれながらも、ささいな嫉妬から大喧嘩をしてしまう。病弱な林黛玉は悲しみの中でこの世を去る。

 賈宝玉の従姉にあたる薛宝釵(せつほうさ)は黛玉とは対照的に豊満な肉体を持つ良妻賢母型の女性で、性格はおおらか、周りを明るくするような華やかな容姿である。しかし人当たりのよい彼女にも、人と距離を置き深くかかわろうとしない一面もあった。美しい金の髪飾り(宝釵)を持って生まれ宝釵と美しい玉(宝玉)を持って生まれた賈宝玉は「金と玉の縁」で結ばれているとして結婚することになる。

 このまま優雅な暮らしが続くかと見えた賈家だが、最後は権勢を嵩にきて民衆を苦しめた罪で家産を没収されて没落し、人々も離散していく。

 物語は、賈宝玉・林黛玉・薛宝釵の三人を中心に展開し、富貴な賈家一族と彼らに仕える侍女、遠戚の老女(劉ばあさん)などの人間関係が複雑に交錯しながら、封建時代の貴族の成立、日々の暮らし、そして没落までをきめ細やかな筆致で描いている。

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2018-05-07三国演義あらすじ(授業用) このエントリーを含むブックマーク

三国演義あらすじ

東漢(後漢)の末年、朝廷は腐敗し、毎年のように起こる災害のため庶民は飢饉にあえいでいた。乱世に乗じて張角を首領とする黄巾軍が謀反を起こし、朝廷は志願兵を募って黄巾の乱を平定することとした。

ある日、一人の男が志願兵募集の立て札を眺めていると、声をかける者があった。二人は互いの憂国の思いを確かめ、意気投合して私兵を募り朝廷のために働こうと決めた。この二人は漢王室の末裔でありながら今は草鞋や莚を売って細々と生計を立てて母を養っている劉備(玄徳)と、肉屋を営み財をなした張飛(翼徳)である。二人が酒屋で話し合っているところに見事な髭を蓄えた大男が通りかかり、意気投合して命運を共にすることになった。この男こそ関羽(雲長)である。三人は張飛の家の裏にある桃園で義兄弟の契りを結ぶ。まさに満開の桃の花の下で「同年同月同日に生まれることはできなかったが、同年同月同日に死のう」と誓った三人は、年齢の順に劉備を長兄とし、関羽がそれに続き、張飛が末弟となった。

彼らは兵や馬を集めて訓練し、またそれぞれの武器もあつらえた。劉備は「雌雄双剣(しゆうそうけん)」、関羽は「青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)」、張飛は「蛇矛(じゃぼう)」である。三人は各地を転戦して黄巾軍を破り、大いに戦功をあげたが朝廷は彼らを厚く遇せず、不遇の日々を送っていた。劉備は地方の警察署長を命じられ、民に慕われていたが、賄賂を要求する都の役人に陥れられ、関羽、張飛とともに任地を捨てて逃亡した。

朝廷では宦官と皇帝外戚の権力争いが頂点に達し、朝権は董卓のほしいままにされていた。董卓の暗殺に失敗した曹操は天下の諸侯にその誅滅を呼びかける。これに応じた諸侯のなかで、江南の地の利を得た孫権と、諸葛孔明を三顧の礼をもって参謀とした劉備とが頭角を現す。ここから蜀(漢)の劉備、呉の孫権、魏の曹操の三国鼎立の情勢が形成された。

なかなか優勢に立てない劉備であったが、呉と連合して赤壁で曹操の軍船を焼き討ちにし、曹操の軍は大敗を喫した。しかし呉と蜀は荊州の帰属をめぐって争いが絶えず、これがために関羽、張飛が相次いで死ぬに及び、劉備は孔明の反対を押し切って呉を討つべく大軍を起こすが惨敗を喫する。劉備は白帝城に病を得て動けなくなり、諸葛孔明に言った。「もし阿斗(劉備の息子、劉禅)が皇帝の器であれば補佐してやってほしい。そうでなければ息子を廃してあなた自身が皇帝となってくれ」と遺言した。

 孔明は劉備の子劉禅を帝位につけ、呉と和解し、中原の奪回を目ざしてしばしば打って出るが、ついに志を果たさぬまま五丈原で病没した。蜀はその30年後に魏に滅ぼされ、呉も、魏の禅譲を受けたかつての孔明の好敵手司馬懿(しばい)の子孫の建てた晋によって滅び、天下は晋によって統一された。

 三国演義では各地で繰り広げられる戦闘場面の描写、それぞれの軍師の知略による兵法や駆け引きが主な見どころとなっている。

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