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2016-09-25葛兆光先生講演@日本記者クラブ このエントリーを含むブックマーク

葛兆光先生講演@日本記者クラブ

https://www.youtube.com/watch?v=zdzvWhaZTtM

各位女士, 各位先生, 我今天给大家简单地, 非常简单地介绍一下,我写这一本《中国再考》的起源和内容和我的想法。

みなさん、こんにちは。本日は、皆さんに私が書いた『中国再考』という本を書いたきっかけと理由、内容および考えについて、きわめて簡潔に紹介します。

在我们都认为中国经济和国家力量越来越强大的时候,我们现在在中国国内呢, 反而是在讨论一些中国所遇到的各种各样的问题。其中呢,我们把这些问题叫做 ”十大麻烦” 。

誰もが中国の経済と国力がますます大きくなっていると認識している現在、中国国内ではむしろ中国が遭遇している多種多様な問題に関しての議論が高まっています。わたしたちはこの問題を「十大トラブル」と呼んでいます。

所谓 ”十大麻烦” 我简单地在这里讲一下。第一个是高句丽的问题, 这是涉及到韩国和朝鲜。

「十大トラブル」について簡単に紹介します。一番目は高句麗の問題で、これは韓国と朝鮮に関係します。

第二个这是东海和钓鱼岛。

二番目は東シナ海と尖閣諸島についてです。

第三个就是南海问题。这个涉及到越南和菲律宾。

三番目は南シナ海の問題です。これはベトナムとフィリピンに関係します。

第四个呢,是内蒙古和外蒙古的问题。

四番目は内モンゴルと外モンゴルの問題です。

第五个问题是新疆问题, 涉及到伊斯兰教。

五番目は新疆の問題でイスラム教に関係します。

那么第六个问题呢是西藏问题,涉及到藏传佛教。

六番目はチベットの問題で、チベット仏教に関係します。

第七个问题是台湾问题, 这涉及到两种制度。

七番目は台湾の問題で、これは二種類の制度に関係があります。

第八个问题是中国和印度之间的问题。这里面涉及到边界、国境的问题。

八番目は中国とインドの問題です。これは国境の問題に関係します。

第九个问题是;中国是一个多民族的国家,那么各种各样的,除了汉族之外的少数民族也出现很多问题。

九番目の問題は、中国は多民族国家であることです。多くのさまざまな民族がいますが、漢民族を除いた少数民族間にも多くの問題があります。

那么最后第十个问题就是现在大家都很关注的香港问题。

最後の十番目の問題は現在皆さんが関心を持っている香港の問題です。

那么这些所有的问题涉及到中国的周边, 也涉及到中国的国境,也涉及到中国的内部。

これらの問題は中国周辺と中国の国境、そして中国内部に関係します。

所以我们中国的历史学界现在非常注意讨论五个关键词。

ですから中国の歴史学界では現在五つのキーワードについての討論に非常に注目しています。

这个五个关键词是;疆域、民族、周边、国家、认同。

その五つのキーワードとは領域、民族、周辺、国家、アイデンティティーです。

那么我在写这本书的时候呢,是讨论了中国传统的也就是历史上的世界观、国境、历史、周边和现实一共是五章。

私はこの本を書くときに、中国の伝統的な、言い換えれば歴史上の世界観・国境・歴史・周辺・現実に関して述べ、あわせて五章としました。

那么这个《中国再考》的这个主要的想法就是重新认识中国。而重新认识中国呢,我主要介绍的是这个四点。

この『中国再考』の主な考えは中国を再認識するというものです。中国を再認識するということを四つの側面から紹介しています。

第一个呢,我在这本书里面主要是要讨论中国在很长的历史时期里面,民族是不断地融汇的,疆域是不断地变动的,文化的构成是多元的。

一番目はこの本の中で、主に中国の長い歴史、時期において民族は絶え間なく融合していたということ、領域は絶え間なく変化していたということ、文化の構成は多元的であったということについて議論しました。

第二个我要讨论的就是说现代中国的国家形成呢,是跟欧洲和日本都不一样。它是有两个脉络,不是一个脉络。一般来说欧洲国家形成是从帝国到民族国家。但是中国呢,它一方面由从天下到国家的现代转型,另外呢,还有四裔入中华,就是把周边的不同族群融合到中华民族里面来这样的一个脉络。所以两个脉络是互相重叠在一起了。正是因为讲有两个脉络,所以形成了一个非常特别的中国。

二番目に現代中国の国家の成り立ちについて議論しました。中国の国家形成はヨーロッパや日本とは違い、一つではなく二つの脈絡からなっています。一般的に、ヨーロッパ各国は帝国から民族国家が形成されましたが、中国は一方では天下から国家への転換、他方では四裔を中華に入れる、つまり周辺の他民族を中華民族に融合する、このような脈絡があります。二つの脈絡がお互いに重なり合って形成されたのです。この二つの脈絡があったことで大変特別な中国が形成されました。

那么第三个方面呢,我也要介绍周边跟中国之间在文化上不仅仅是在政治上,在文化上也越来越分离。所以呢,我在这个书里面呢,曾经有已经设了一章专门讲东亚各国家之间文化认同,最后在十六、十七世纪以后越来越分裂。

三番目に、周辺の諸国と中国の間で政治だけでなく文化の面でもますます分かれてきていることを紹介しています。特にこの本の中では東アジア国家間のアイデンティティーが十六、十七世紀以降ますます分離してきているということに関して一章設けています。

那么第四个方面呢,我是要讨论,要请,尤其是要请日本的读者,请海外的读者,因为这本书现在正在翻译英文本,所以也要请世界上其它国家的读者对于中国要有一个了解。因为中国在现代以来政治和文化处在左右为难的一个状况里面。那么我下面呢, 分别地就四个方面一个一个地简单地介绍。

四番目はこの本は現在英語版を翻訳作業中なので、日本の読者、海外の読者や世界中の読者に中国のことを理解してほしいという願いです。といいますのは、中国は近代以来ずっと政治と文化において非常なジレンマを抱えているからです。それではこれから、この四つの側面に関して一つ一つ簡潔に紹介していきます。

首先第一个呢, 为什么我要把中国历史上民族的融汇和疆域的变动和文化的多元做一个介绍呢? 主要是因为我们要防止或着说要改变过去中国人的传统想法,认为中国是一个天下。中国有朝贡体制和册封制度,或着说中国呢,过去是东亚文化的来源,构成了一个以中国为中心的汉字文化圈或着儒家文化圈。

まず、なぜ中国歴史上の民族の融合と領域の変動、文化の多元化について紹介しなければいけなかったかというと、主に中国は天下であると考える中国人の伝統的な考え方に警鐘を鳴らすといいますか、変えたかったからです。中国人の伝統的な考え方とは、中国は朝貢体制と冊封制度があり、あるいは東アジアの文化の源であり、中国が中心の漢字文化圏あるいは儒教文化圏が構成されたという考えのことです。

正因为这样,我在这个小小的书里面,专门有一章讨论历史上中国的民族、疆域、文化的变迁,那么,这个目的是在民族方面要让大家知道要警惕不自觉的汉族中国意识,在疆域上,我们要知道中国的除了中心区域以外,其他的区域是在不断地变化的,所以不要轻易的引用历史来讨论领土。第三个在文化方面,需要,不仅仅需要关注儒家经典,也不仅仅需要关注汉族传统,而且呢,也不仅仅需要关注士大夫文化,还要关注其他民族,关心下层社会,关心其他宗教,那么,这样呢,文化才是多元的。

だからこそ、私はこの小さな本に特に一章を設けて歴史における中国の民族・領域・文化の変遷について論じました。その目的は、民族に関しては、無自覚な漢民族中国意識に警戒すべきであることを知ってほしいということです。領域においては、中国は中心地域以外の周辺は常に変化してきたことを知らなければなりません。つまり安易に歴史を引用して領土について議論すべきではないのです。三番目に、文化についてですが、儒家の経典や漢民族の伝統、そして士大夫つまり知識階級の文化だけに注目するのではなく、他の民族や下層社会、そして他の宗教にも目を向けるべきであるということです。それでこそ文化が多様性を持つことが出来ます。

那么,刚才我们讲到中国现在面临很多麻烦,中国之所以会有这些麻烦,它其中有一些是来自历史的问题。如果对中国历史有一点了解的话,就知道从汉代到唐代,天下帝国是很大的。但是,到了宋代,就变成一个汉族国家,地方是,不是那么大的。

先ほど、中国は今多くのトラブルを抱えているとお話しましたが、これらのトラブルの中には歴史に由来するものがあります。中国の歴史について多少の知識があれば分かることですが、漢代から唐代にかけて、天下帝国は非常に大きなものでしたが、宋代になりますと漢民族国家となり、領域もさほど大きくはありませんでした。

在中国的宋代,也就是公元十世纪到十三世纪的时候,这三百年里面,中国基本上形成了一个汉族国家,而且呢,中国的周边呢,也形成了一个各个国家并立的一个国际局势。

宋の時代、つまり西暦十世紀から十三世紀の三百年間で、中国は基本的に漢民族の国家を築き上げました。さらに、中国の周辺もまた各国が並び立つ国際情勢を形成しました。

可是十三世纪以后,中国的历史发生了很奇妙的变化,蒙古人建立了蒙古帝国,然后,到了明代又回到了汉族国家,到了清代呢,又变成一个各个族群共同的大帝国。所以中国的历史跟其他地方的历史很不一样,它的变化非常奇妙。

しかし十三世紀以降、中国の歴史は奇妙な変化を遂げることになります。モンゴル人が帝国を打ち立て、その後の明代にまた漢民族国家に回帰し、さらに清代になると他民族が共存する大帝国となったのです。ですから中国の歴史は他国とは非常に違った、非常に風変わりなものであると言えます。

这个在蒙古时代,中国和周边出了问题,在明代从西边来的西洋人给中国带来了新问题。那么到了清代,因为版图扩大,又出现了内部的族群问题。

モンゴルの時代は、中国とその周辺国家の間で様々な問題が起きました。そして明の時代になると西側から西洋人が入ってきたことにより、新たな問題が発生したのです。そして清の時代、版図、つまり区域・地域が拡大したため、内部のエスニックグループの問題が生じてきました。

这就是周边问题,国际问题,内部族群问题,都跟历史有关系。这是我要讲的第一个内容,第二个内容呢,我要讲现代中国的国家形成。

このように、周辺の問題、国際問題、内部のエスニックグループの問題、これらはいずれも歴史と関わりがあります。以上が第一部分です。次にお話しするのは現代中国の国家の形成についてです。

现代中国从中华民国开始,它继承的是大清帝国。所以呢,它把大清帝国以来的刚才我们讲的那三种问题都继承下来了。

現代中国、中華民国ですが、これは大清帝国を継承したものです。つまり、先ほど私が申し上げた三つの問題も継承したことになるのです。

过去西方的学者,都认为近代中国是一个从天下到国家的过程,也就说是从朝贡体制的宗主国渐渐地变成了现代的一国,因此呢,它就从传统的帝国转化成为了现代的民族国家,但是西方学者的这个看法是比较单一的。

過去、西側の学者の考えでは、近代の中国は天下から国家へと変わる国家形成のプロセスであった、つまりそれは朝貢体制の宗主国から現代的な国家、一国家に変わっていった、つまり伝統的な帝国から現代的な近代的な民族国家に変わったのだという考え方なのですが、私はこの西側の西洋の学者のこのような考え方はあまりにも単一的ではないかと思います。

因为近代中国也是一个纳四裔入中华的过程,从大清帝国到民国一直到现代的中华人民共和国。它都在提倡过去我们叫做“五族共和”的这样的一个说法也就是满、蒙、回、藏、漢、其实还应该加一个苗,他们就认为呢,这是一个共同的多民族应该聚集在一起的国家。因此他们提出来中华民族。那,中华民族是一个,这是很多中国的学者也好,政治家也好的追求,那么这样呢,过去大清时代的多民族帝国的传统给维持下来了。

近代中国は四裔を中華に納めるプロセスであり、大清帝国から中華民国に、そして今の中華人民共和国に至るまで実際には多くの民族を取り込む考え方があったのです。これは五族協和といわれるのですが、満、蒙、回、藏、漢、私は一つミャオ族の「苗」も加えるべきだと思いますが、ずれにしてもこうした多民族を集結させ、ともに発展するのだという考えが中国にはあるのです。これは、中華民族は一つなのだという考えで、中国の学者、政治家が追究しているところです。言い換えれば大清帝国以来の多民族の伝統を継承する考え方でもあるのです。

大家可以看这个地图, 这个地图呢, 是一个明代的地图。当然画得很简单。但是这个地图,是范围很小的。是明代中国呢,是一个有限的疆域,它是一个以汉族为主的一个王朝。但是呢,清帝国,奠定了现代中国的疆域和民族,可是它是很大的。它就在《清史稿》也就是历史,关于近代的历史书里面,它讲东边 一直到库页岛,西边到新疆的疏勒和葱嶺,北边到外兴安嶺,南边到海南岛。这个都是属于大清帝国的地方。可是呢,中华民国和中华人民共和国接受了这个说法。所以呢,也同意我们这个国家是一个五族共和的国家。

皆さんご覧ください。この地図は明の時代の地図です。簡単な図ですが、この地図の範囲はかなり小さいです。明の時代の中国は限りのある領域であり、これは漢民族の王朝でした。しかし、清の時代には現代の領域、民族が大変大きくなるのです。『清史稿』の中で、中国の領域について書かれたものによりますと、中国は、東はカラフト、西はソロク(カシュガル)とソウレイ(パミール)まで、北は外興安嶺まで、南は広東の海南までです。これらの地域は大清帝国の領土なのですが、中華民国と中華人民共和国はこの領域を認めておりますし、ですから、我が国家が五族協和の国家であることにも同意しているのです。

所以中国呢,应该说是非常特别的中国,它跟欧洲近代形成的和东方形成的各个现代国家都有一点点不一样。

したがって中国は非常に特殊な国であると言うべきでしょう。近代のヨーロッパやアジアの他地域で形成された近代各国とは少し違うのです。

所以我过去在前几年出版的一本书叫《宅兹中国》这个书里面呢,就讲到一段话,就是说现代的中国跟欧洲不一样,它不是从帝国到民族国家,它是在国家里面又有帝国的意识,帝国的意识里面又形成了现代国家,所以那个现代国家和帝国意识现在是混在一起的,所以我觉得,我一直希望,无论是西方学者也好,日本的学者也好,对这个特别的中国要有一点了解。

私が以前に書いた『宅茲中国』という本の中で、現代の中国はヨーロッパとは異なり、帝国から民族国家になったのではなく、国家の中に帝国意識を有し、帝国意識の中で近代国家を形成したのだということを書きました。すなわち、近代国家と帝国意識が綯い交ぜになって同時に存在しているわけです。そこで私は西側の学者にも、日本の学者にも、この特殊な中国についてご理解いただきたいと思っています。

所以,最近几年,我在欧洲,在美国,在亚洲的韩国,这些地方访问的时候,很多学者都会问我,说这个中国到底是个什么国家?,好像是现代国家,又好像是传统的帝国。

この数年、欧米や韓国を訪れたときに、多くの学者から「中国はいったいどういう国なのか、近代国家のようでもあり、伝統的な帝国のようでもありますが」という質問を受けます。

所以我经常用三个话来回答他们,第一个就是传统帝国虽然已经崩溃,但是作为历史记忆的天朝仍然在观念世界里面存在,就是说在中国的观念世界里面存在。

そこで私は三つの言い方で彼らの疑問に答えることにしています。第一に、伝統的な帝国はすでに崩壊したが、歴史の記憶にある天朝はいまだに観念としては存在している、つまり中国という観念的世界には存在しているということです。

第二句话就是经历了从晚清以来的巨大的西方的冲击,中国不得不在传统内变转向在传统外变,正是因为在传统外面变了,所以它不得不向现代国家转换。

第二に、清朝末期から西側の巨大な衝撃を経験した中国は、伝統内部の転換から伝統外部の転換を余儀なくされました。まさに伝統外の変化によって、中国は近代国家に変わらざるを得なかったのです。

那么,第三句话就是,其实中国现代国家之所以这么特殊,它的形成过程最重要的一个原因是来自日本。

第三に、中国の現代国家がなぜこのように特殊なのかと言えば、その形成過程において最も重要な要素は日本から来ています。

那么从1894年的甲午战争到第二次世界大战,那么,中国很多很多的关于民族和国家的一些观念以及他们的策略,都实际上都反映了西方列强,尤其是日本的对中国的压力,它不能不形成一个庞大的集权的这么一个国家。

1894年の日清戦争と第二次世界大戦を経て、中国の多くの民族と国家に関する考え方や戦略は全て、実際には西側列強とりわけ日本の中国に対する圧力に対抗するためのものであったし、そのために巨大で集権的な国家を形成せざるを得なくなったのです。

所以这个特别的中国给现代中国带来了很多麻烦,也带来了很多思想的问题。

そのため、この特殊な中国は現代中国に多くのトラブルと思想的な問題をもたらすことになりました。

那么,第三点呢,我要说明的就是中国和周边,特别是中国和日本、韩国和越南。

次に、中国と周辺、特に日本・韓国・ベトナムについてお話します。

从历史上来看,其实很早周边的这些国家跟中国就没有那么,不是一个文化圈,过去,日本的学者曾经讲:亚洲是一个,其实亚洲不是一个,很早开始日本就不认同中国文化,朝鲜也对中国有很多看法,越南就始终跟中国有矛盾。

歴史的に見ると、実際には祝言諸国と中国は一つの文化圏に属していたわけではありません。かつて日本の学者は「アジアは一つ」と言いましたが、アジアは一つではなく、かなり早い時期から日本は中国文化を認めていなかったし、朝鮮も中国に対して多くの批判的な見方があり、ベトナムは終始一貫して中国との間に矛盾を抱えてきました。

我们只要看一本书就知道,日本曾经在十七世纪中叶出版了一本《华夷变态》这个书,《华夷变态》的意思就是中国已经从文明国家变成野蛮国家了。

一冊の本を見ればすぐに分かるのですが、日本で十七世紀半ばに『華夷変態』という本が出版されました。これが意味するところは、中国はもはや文明国ではなく野蛮な国家になってしまったということです。

所以我们一直要强调中国的周边跟中国不是一体的,互相之间有矛盾的,是为了提醒中国的读者,说你不要停留在天朝的想像里面,不要认为自己还是东亚文化的提供者。

ですから我々はずっと中国の周辺と中国は一体ではなく、互いに矛盾していたと常に強調してきました。中国の読者に対して、天朝の想像に留まって自分こそが東アジアの文化を提供してきたなどと思い込まないようにと警告してきました。

但是我们同时呢,也要提醒其他的海外的读者,尤其是日本的读者要记住中国曾经是被分割,被侵略和被侮辱的一个国家。这两个图就很明显地看到中国是在一百多年来都被不断地瓜分,不断地入侵,所以这两张图,大家看到左边的是晚清时候的有关中国时局的一个图,这里面各个国家都在试图占中国,那么另外一个呢,就是1939年就是第二次世界大战的时候的图,这个图就反映出来中国过去的疆域里面很多土地都被各个国家给分割了。

しかし、それと同時に、海外の読者に対して、とくに日本の読者にも中国がかつて分割され、侵略され、侮辱された国であることを記憶していてほしいと思います。この二枚の地図が明らかに示していることは、中国が百年来にわたってたえず引き裂かれ、侵略された事実です。この二枚の地図の左側は清朝末期の情勢を示すものですが、ここでは各国が中国を占領しようとしていることが分かります。もう一枚は1939年、つまり第二次世界大戦の頃には中国のかつての領土のうち多くの土地が各国によって割譲されていた状況を示しています。

所以我们的看法就是说;中国要走出天朝的想像,但是海外的朋友要对中国要有所理解。

したがって、我々の考え方というのは、中国は天朝であるという想像を捨てなければならないけれど、外国の方々に中国を理解しなければならない、というものです。

那么最后第四个问题,我要简单地讲一下,现代中国有很多的困难,大家不要以为中国现在是好像崛起,实际上中国一直是处在左右为难的状况里面。

では最後、四点目について簡単にお話しましょう。現代中国は多くの問題を抱えています。皆さんには中国が台頭しているように見えるかもしれませんが、実際にはずっと進退窮まった状況にあるのです。

在现代,中国、国家和文化,这三个方面,其实中国都很为难。现代,那么中国应该是走西方的现代化的道路呢,还是说走一个新的跟西方不一样的现代化道路,这个在中国争论是很大很大的。

現代において、中国、国家、文化という三つの面で中国は悩みを抱えています。今、中国が西側と同じ近代化の道を歩むべきか、あるいは西側とは異なる新たな近代化の道を進むべきか、これは中国では大きな議論を巻き起こしました。

那么,关于国家呢,就是中国是走向一个现代的民族国家,还是一直要捍卫汉唐以来,特别是清代以来的大一统帝国,这个也是争论非常大的。

国家については、中国が近代民族国家に向かうのか、それとも漢・唐の時代からの、特に清代以来の統一大帝国を護り続けるのか、これも論争の的となっています。

那么在文化方面呢,中国也面临了一个困难,就是你接受近代西方的文化价值,还是捍卫中国文化的特殊性,你说要恢复中国文化在世界上的地位,或者至少是在东亚或者亚洲要有崇高地位,所以这个问题在中国学术界也好,文化界也好,政治界也好,都在争论。因为这里面涉及到一个我们是融入世界还是要让世界接受我们的特殊性。

文化の面においても中国は困難に直面しています。それは西側の文化的価値観を受け入れるか、それとも中国文化の特殊性を保持するかということです。世界における中国文化の地位を回復しようとすれば、あるいは少なくとも東アジアやアジア全体に対して文化的優位に立とうとするのか、この問題は中国の学術・文化・政治の世界のいずれにおいても議論されています。なぜなら、これは我々が世界に融合するか、それとも世界に我々の特殊性を認めさせるかという問題であるからです。

那么最后我要讲我的一个看法,就是说,大家都知道最近这些年中国崛起在世界上成为一个很大的力量,但是问题是中国是不是真的可以和美国一样成为一个世界大国,这个,我觉得尤其是中国人可能会要自我警惕,要小心翼翼地,不要觉得最近这些年中国崛起,然后就产生自我的错觉觉得好像我们现在已经是大国了,我们,这样呢,就不能跟邻居很好地相处,就不能够让大家觉得安全。因此呢,我觉得我写这本小小的书,其实的目的呢,就是怎么样大家能够重建中国和亚洲有一个共识。

最後に私の見方について述べます。皆さんはここ数年、中国が台頭して世界の中でも大きな力を持つようになったことをご存じでしょう。しかし問題は中国が本当にアメリカと同じような世界の大国となるだろうかということです。この点について、中国人は警戒心を持って慎重にならなければいけないと感じています。近年来の中国の台頭によって、すでに自分たちが大国であるような錯覚を抱いてしまったら、近隣諸国との関係を良好に保つことができず、他国が安心感を持たないことになります。ですから、私がこの小著を書きましたのは、実は中国とアジアに一つのコンセンサスを再構築することを目的としていたわけです。

所以我一直强调三个词,一个是历史;要知道我们现在的很多问题跟历史有关,第二个是理性;处理这些国家与国家的关系是需要理性的,第三个就是他者;就是对他者,我们要有足够的尊重,无论是大还是小是强是弱,都要有足够的尊重,而且还要学会从他者的眼睛里面来看待自我,认识自我。这就是我今天要讲的。谢谢大家。

そこで、私は三つの言葉を常に強調しています。一つは歴史、我々が現在抱えている問題の多くが歴史と関連していることを知らなければなりません。二つめは理性です。国と国との関係を処理するためには理性が必要です。三つめは他者です。他者に対しては十分に尊重すべきです。相手が大きいか小さいか、強いか弱いかに関わらず、十分な敬意をもつべきであり、さらに他者の視点から自分を観察し認識することが必要です。私が今日お話したいと思ったことは以上です。ありがとうございました。

質疑応答

(中国は特殊な国であるとの話があったが、中国の台頭で周辺諸国が圧力を感じている中、世界の普遍的価値観が中国の考え方の主流になることはあるのか)

其实很多中国人也觉得现在是中国崛起,现在中国是一个大国,力量很强,但是,我个人呢,始终觉得有一个需要小心的地方,也就是中国实际上存在着三个问题没有解决的话,它不可能是一个非常强的国家。第一个是贫富分化,就是说中国有很多有钱的人,但是呢,也有更多的没有钱的人,贫富分化很厉害,这是第一个。第二个是中国十四亿人,如果平均的话,那么中国的力量是不强的,平均每一个人的收入是很低的。第三个是,中国的东部和西部或者是城市和农村,差异是很大的,所以中国实际上并没有那么强大,我并不认为中国现在已经是跟美国一样的,所谓“G2”这样的一个国家了。所以,我觉得中国现在更要注意的是谦虚、低调,和邻居、和世界保持好关系。

実際、多くの中国人が中国は台頭して大国になった、強国になったと感じていますが、私個人としては気をつけなければいけない点があると感じています。それは、中国が三つの問題を解決しなければ非常に強い国になることができないということです。第一に、貧富の格差で、中国には富裕層も多く存在しますが、貧困層はそれよりずっと多く、貧富の格差が甚だしいのです。第二に、中国の十四億の人口で平均すると中国は強い国とは言えず、一人当たりの収入はかなり低いのです。第三に、中国の東部と西部、あるいは都市と農村の差が大きいということがあります。ですから、中国は実際には強大な国ではなく、中国が現在アメリカと肩を並べるような、いわゆる「G2」というような国なったとは思いません。中国はもっと謙虚で控えめであるべきだし、隣国や世界をよい関係を保つべきだと考えています。

我想这个学者是学者的立场, 是学者的思考方式。我们学术界的学者不能代替政治家, 也不一定能够代表普通的民众。所以呢, 我一直强调理性。但是我想呢, 民众比较会习惯于感情。而政治家呢, 比较多的会考虑到现实的利益。所以呢, 学者的理性、政治家的利益考虑和民众的情绪化的表达, 这个是可能是有差别的。

学者には学者の立場があり、学者なりの思考方法があるわけです。

私たち学術界の学者は、政治家の代わりはできませんし、一般の民衆の代表にもなりえないと思います。ですから私は一貫して理性を強く主張します。しかし一般の人たちは感情的なところが強いと思います。政治家は現実の利益を推し量ることが多いと思うのです。ですから学者の理性、政治家の利害追求、一般民衆の感情的なところ、それぞれが異なっていると思います。

(近代国家としての中国と天下というイメージを持つ中国があるということだが、最近の東シナ海や南シナ海などの紛争を見ると帝国主義的な考えが反映されているのではないか。周辺諸国は拡張主義的な考えにどう対処すべきなのか。次に両国首脳会談の実現にはどのような背景があるのか)

第一个问题是关系到中国的天下观念和中国的传统帝国的性质以及中国的对于周边领土领海的看法。我想是这样, 现代国家逐渐从传统帝国中间生长出来以后, 它一定会碰到一个领土问题。这个领土的争端, 不一定都是帝国心态。但是, 有没有跟帝国心态有没有联系呢, 就要看这个地方是怎么样理解的。比如说像这个云南、像东北这样的一些地方,它一定要坚持它是在中国的范围内。这是一个现代国家继承了大清帝国的疆域以后, 它一定要坚持的。至于东海和南海也是恐怕是要很仔细的来讨论的。因为东海在传统帝国时代没有边界。所以呢,我个人呢, 不太赞成天下体系或者天下观念。但是呢,这些关于具体的领土问题恐怕要特别的讨论。因为, 比如说,在东北以北的很多地方过去是中国的。但是由于尼布楚条约,被俄国占领了。那么如果我们现代国家要恢复帝国的, 是不是也要把那(ne4 )块地方拿回来, 这个也是一个,所以这个 这些问题都非常麻烦。不仅仅是一个帝国的或者说一个天下主义的心态问题。至于你说的第二个问题呢,真的很抱歉,我是一个大学的教授,完全没有可能介入到政治高层, 也完全不太知道他们为什么或者在什么样的背景下,能够彼此见面来谈判。我们从一个学者的角度来讲, 因为我非常坚持国与国之间要有理性的态度,那么他们两个人能见面我们就很高兴,觉得终于有了一个打破僵局的机会。

至于他们为什么在这个时候选择来见面, 他们谈什么我们完全不知道。你要了解到中国的普通人对高层的政治, 实在是知道的太少了。

一つ目の問題は、中国の天下の観点と伝統的帝国の性質と関係のある問題です。それと中国の領土や領海に対する見方の問題でもあります。私は、現代国家としてだんだんと伝統の帝国というところから成長した後必ず領土問題に出くわすと思います。この領土争いは、必ずしもすべてが帝国の意識だとは限りません。しかし帝国の意識と関係があるかどうかは、この地域がどのように問題を理解するかだと思います。例えば雲南省や東北のような地方です。それは中国の範囲以内というのを必ず堅持していることでしょう。これは現代国家が大清帝国の国土を受け継いだ後も、必ず堅持しているのです。東シナ海と南シナ海ともなると、おそらく詳細に議論が必要です。なぜなら東シナ海は、伝統帝国時代には境界がなかったからです。ですから、私個人的には天下の体系、観点というものに賛同しません。しかし領土問題についておそらく特別な討論が必要です。

なぜなら、例えば、東北北部の多くは、以前は中国のものでした。しかしネルチンスク条約により、ロシアに占領されてしまったのです。ではもし私たち現代国家が帝国のその地方を取り戻したら、これも非常に面倒な問題の一つです。それは単に帝国のいわゆる天下主義の意識的な問題だけではなくなってしまいます。二つ目の質問についてですが、本当に申し訳ありませんが、私は大学教授であり、政治の、特に上層の人たちには介入することがあり得ません。彼らがなぜ、またはどのような背景のもとで、双方の対談が実現できたのかも全くわからないのです。一学者の角度からお話すると、国と国の間というのは理性的な態度を堅持すべきであると思うし、首脳どうしが顔を合わせたことは大変嬉しく思います。とうとう膠着状態を打破する機会を得ることができたと感じています。ですが、彼らがなぜこの時を選んで会ったのか、何を話したのかについては、私たちは全く知らないのです。中国の庶民は政治の上層部に対して、実際はほとんど知られていないということを理解していただければと思います。

我再补充两句就是说, 这种关于领土、领海的问题, 在现代应该是谈判和条约来解决。

那么在中国呢,可能有帝国心态,或者说天朝的心态。但是事实上在具体处理国家与国家的领土边界问题的时候, 它也还是只能靠谈判和条约。这是没有办法的。另外呢,政治家的考虑一定是利益优先, 那么但是呢,再有时候它也会有理性。所以如果是利益加理性,它就一定要考虑不要发生冲突。怎么样能双方都接受, 这个恐怕只能是这样。我们不能太多的要求政治家怎么样。但是呢,我们希望在他考虑利益的时候,也更多的考虑理性。

先ほどの回答にもう少し補足しますと、領土や領海の問題については、交渉と条約で解決すべきです。では中国では、もしかしたら帝国の意識、いわゆる天朝の意識があるのかもしれません。しかし事実上具体的に国と国の領土紛争事項の処理に当たっては、それもやはり交渉や条約に頼る以外にないのです。これは仕方のないことなのです。その他に、政治家の物事に対する考えはきっと利益優先ですが、その時に理性もあるのです。ですから、もし利益に理性が加わった時に起こる衝突を回避することも考えなければなりません。どのようにすれば双方がいずれを受け入れることができるのか、これはおそらく、せいぜいこのようにしかできません。私たちはあまりにも多くを政治家に要求するのもどうでしょうか。ですが、私たちは政治家が利益を考えるとき、さらに理性的な考え方も望みます。


(民族自決の原則についてどのように考えているのか。新疆ウイグルやチベットなど少数民族が強く主張する民族的アイデンティティーとの関係において回答していだきたい)

民族自决来自于西方近代,尤其是欧洲近代的一个一些观念。意大利的一个很著名的人叫马基尼,他讲一个民族就只能是一个国家。但是呢,只能是一个国家。就说,但是这个话,事实上只是一个理想,并不能成为现实。你看到欧洲,现在也有很多是好几个民族共同在一个国家的。比如说,比利时,布鲁塞尔的那个比利时。比利时,它是有讲德语的,有讲荷兰语的,有讲法语的,它仍然是一个国家。民族自决不一定是万能的,因为如果是民族自决就会出现乌克兰的克林米亚问题,就会出现西班牙的加泰罗尼亚的问题,就会出现加拿大的法语区独立的问题,那么也会出现很多很多像当年塞尔维亚,塞尔维亚的这种分裂的问题。所以民族自决,虽然民族自决是一个理想化的民族国家的形状,

但是它不是到处都能够实现的,而且呢,它跟各个国家的具体的历史状况要有一定的,这个联系。因为有些国家一旦形成国家了,它里面可能包含了很多民族,难道你就把它都分成一个一个非常小的国家吗。你比如说,我们举一个例子,就中国的新疆。它不是一个民族,它有维吾尔族最大,但是还有哈萨克,还有塔吉克,那难道怎么办呢。尤其是在世界互相融合,互相交流,人口杂居越来越厉害的情况下。民族自决有时候不能解决一切问题。

正是因为有的时候西方国家呢,把民族自决看成是天经地义,不能改变的一个原则,因此才会出现很多很多的战争、分裂。所以我很同意以前美国有个学者叫做Pye,他讲的一句话,他说民族认同,族群认同能够建设一个国家,民族认同也可以撕裂一个国家,这个话我很赞同。所以我不赞成民族自决能够解决一切问题。

民族自決は西側の近代から出てきたもので、それはヨーロッパ近代の一つの概念です。

イタリアのとても著名なマッツィーニという人が、一つの民族には一つの国家しかありえないと言いました。しかし、一つの国家だけというのは事実上一つの理想に過ぎず、現実にはそうなりません。ヨーロッパについて見ると、現在でも、一つの国家でいくつかの民族が共に暮らしている国も多くあります。例えばブルッセルのあるベルギーは、ドイツ語を話す人、オランダ語を話す人、フランス語を話す人がいますが、それは一つの国家です。民族自決は必ずしも万能ではありません。なぜなら、例えば、民族自決はウクライナのクリミア問題、スペインのカタルーニャ問題、カナダのフランス語圏独立問題につながるからです。また、現在ではセルビアのような分裂の問題もとても多く出てきています。そのため、民族自決は一つの理想化された民族国家の形態ではありますが、それだけでどこでも実現できるものではありません。さらに、それは全て各国家の具体的な歴史状況とある程度の何らかの関わりがあるに違いありません。国家として一度形成された国家の中に、多くの民族が含まれているからといって、まさかあなたは一つ一つの非常に小さな国に分けてしまうとでもいうのですか? 例えば、一つ例を挙げるのは中国の新疆です。新疆は一つの民族ではありません。新疆でウイグル族は最大の民族ですが、また他にカザフ族やタジク族があり、どうするというのでしょうか? 世界が融合し交流していく中で、多民族の雑居はますますひどくなっています。民族自決が全ての問題を解決することはできません。国家が民族自決を当然の道理と考え、変えることのできない原則だとみなしているため、そこで多くの戦争や分裂が起きてしまうのです。そのため、私はアメリカ人のパイという学者が言ったことに大変同意しています。民族のアイデンティティー、エスニックのアイデンティティーは国家を作ることができますが、国家を壊すこともできる、という話に私は賛同します。そのため、民族自決が全ての問題を解決できる、ということに私は反対です。

(いわゆる「中国の夢」とはどのようなものか)

关于中国梦的问题我想呢,我们要两方面看。一方面呢,从晚清以来,追求富强,是中国的所有的人的一个想法。因为晚清的时候,中国很弱,被西方列强、也被日本压迫和欺负。所以呢,追求富强,富和强是中国的一个长久以来的理想。所以美国有一个学者叫Benjamine Schwartz,他写了一本书讲晚清的中国,书的名字就叫做《追求富强》。这个我想是那是中国的长久以来的一个理想。那么中国梦,习近平提出这个中国梦,当然它也是一种理想,至于这个理想是不是就是一百多年来大家共同追求的这个富强呢,我不是政治家,我也不是共产党员,所以我很难替他作解释。但是我想如果是一百多年来追求富强的理想的话,那么当然是很好的。但是问题是中国共产党,我想中国共产党这六十五年和中华民国,之前的中华民国,还有中华民国之前大清帝国的晚期的,包括光绪皇帝和慈禧太后,其实我想有一点是联系在一起的,就是他要使中国成为一个完整的,有富裕的、强大的国家,这可能是他们共同的地方。所以我如果说现代的中国梦有什么特别的政治意义,或者说有什么特别的政治目的,我想,当然,可能会有的,那没有问题。因为只有实现中国的富和强,中国共产党和中国政府,它才有合法性和合理性,这是没有问题的。所以我一直觉得,关键不在于这个名词叫中国梦,还是不叫中国梦,关键是你怎么样来实现富强的理想,你用什么样的方法,用什么样的制度,用什么样的共同的富裕的方法来实现。而不是说,把这个富强作为个人的、党派的、或者政府的,而是全民的,这才是有、这才是合理的。那么,如果是这样的话,那一百多年来,中国人始终就在做这个梦。

中国の夢については、私は二つの側面があると思います。一つは、清朝末期のころから、強く豊かになりたいというのが全ての人々の願いでした。清朝末期から中国は非常に弱体化したため、西側列強と日本から様々な迫害やいじめを受けました。ですから、強く豊かになりたい、つまり富強を求めようとするのは中国の長年の理想でした。Benjamine Schwartzというアメリカの研究者が清朝末期についての本を書きましたが、そのタイトルは中国語では『富強を求めて』でした(原題は“In Search of Wealth and Power”、邦訳では『中国の近代化と知識人――厳復と西洋』)。これが長年にわたる中国の夢であり理想だと私は考えています。もう一つは、習近平が提起しているチャイナ・ドリームです。これはもちろんある種の理想ですが、これがすなわち百年来人々が共に追求してきた富強かどうか、私は政治家ではなく、共産党員でもありませんから、彼の代わりに説明することはできません。でも、もしこれが百年あまり追求してきた富強の理想であれば、もちろんいいことだと思います。問題があるのは中国共産党です。中国共産党が政権を取って65年、またそれより前の中華民国、そして中華民国の前の大清帝国の末期、光緒帝と西太后を含めて、私はそれと多少なりとも何らかの関係があるのではないかと思います。それは中国を、完全で豊かで強い国家にしようということです。多分これは彼らの共通点です。現在の中国で打ち出している中国の夢は何か特別な政治意義、あるいは政治目的があるか、それはもちろんあるでしょうが、それは問題ではありません。豊かさと強さを実現しなければ、中国共産党や中国政府に合法性も合理性もありません。これは問題ないでしょう。私が言いたいのは、中国の夢というネーミングはあまり重要ではなく、逆にこれをどう実現するか、どのような方法を取るか、どのような制度を構築するか、どのような方法で共に富強を実現するのかが肝心です。この富強を個人、党派、あるいは政府のものとするのではなく、全ての国民のものとするのが合理的な考えではないかと思います。そして、もしそうであるなら、中国人は百年あまりにわたってずっとこの夢を見続けていると言えるでしょう。

おせっかいおせっかい2016/10/02 03:13民族に関しては無自覚に→無自覚な漢民族中国意識に警戒すべきであることを知ってほしいということです。

ですよね~

toraneko285toraneko2852016/10/03 09:51ご指摘ありがとうございます。ミスタイプでした。
「無自覚に」を「無自覚な」に訂正しました。

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