Hatena::Groupchinese

中文教材 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-04-01猫星往還記1 このエントリーを含むブックマーク

http://www.kanunu8.com/book3/8026/175696.html

 ロケットは粉々になった。僕の友人は、――昔からの学友で、半月あまりロケットを操縦してくれた友人は――、元の形をとどめる骨すら残さずに逝ってしまった。僕は? まだ生きているのか? なぜ死ななかったんだ? 神のみぞ知るだ。悲しんでいる暇などなかった。

 僕たちの目的地は火星だった。死んでしまった友人の計算では、ロケットは故障する前に火星の大気圏に突入していたことは確かだ。それなら僕はいま火星にいるのだろうか。もし本当にそうなら亡き友の魂も救われる。火星に降り立った最初の中国人という名誉のためなら命を捧げた価値はあるだろう。しかしここは一体どこなのだ。ここが火星だと信じるほかはない。たとえそうでなくても、そうでなければならない。僕にはそれを証明する手立てもないのだから。もちろん、天文学的にこの惑星を特定することは可能だが、哀れな僕にとって天文学は古代エジプト文字と同じくらい縁のない代物だ。亡き友がここにいれば何の迷いもなく教えてくれたに違いない。だが彼は……。ああ、僕の親友、僕の幼馴染のあいつが……!

 ロケットは粉々になった。どうやって地球に帰ればいいのだろう。考えたくもない。僕に残されたのは乾いてボロボロになったホウレン草のように体にへばりつく服と、まだ胃の中にある携帯食料だけ。帰還計画どころか、ここでどう生き残るかすら想像したくない。言葉も通じず地理もわからない。火星に人類のような生き物は存在するのだろうか。問題があまりに多すぎて……。よそう、もう考えないことにしよう。「火星の漂流者」とでも呼べば少しは慰めになるだろうか。心配ごとからそれに立ち向かう勇気を引き去るとは、何と割に合わない計算だろう。

 もちろんこれは当時の状況を回想しながら書いているのである。あのときは頭が混乱していたせいで脈絡もなくいろいろな考えが浮かんできたのだが、今となってはそれを思い出すことができない。考えていたことは二つだけ――どうやって帰るか、どうやって生きのびるか。その他は、完全に冷静になればはっきりと思い出せるかもしれないが。たった二枚の板切れだけが海岸に打ち上げられ、船は完全に沈没してしまったように感じた。まずは穴を掘らなければならない。しかし僕は穴を掘ろうともせず、ただぼんやりと辺りを眺めていた。なぜあの肉塊を抱いて慟哭することをしなかったのか。なぜすぐに地面を掘り始めなかったのか。まるで夢からようやく醒めたばかりのように、自分の行動が意のままにならなかった。いま思えば、これはあるいは最近の心情に対する言い訳でもあり、自分に対する赦しであるのかもしれない。

 僕はぼんやりと周囲を眺めていた。不思議なことに、当時の光景をはっきりと憶えている。いつでも目を閉じさえすれば、あのとき見たものを思い浮かべることができ、色彩をともなって僕の目の前に立ち現れる。色彩の交わる境界線の影までくっきりと見える。この光景と、幼い頃に母に連れられて父の墓参りに行ったときの風景だけが、生涯ずっと忘れられない二枚の絵画である。

 特に何に注意を引かれたと言い表すことはできない。僕は周囲の物すべてに等しく「無関心な注意」を向けていた――もしこの言い方にいささかでも意味があるとすればだが。僕は雨の中の小さな木のように、ただ雨粒に打たれ、水滴が一粒落ちるたびに葉を震わせていた。灰色の空を見上げた。曇っているのではない、空気自体が灰色なのだ。日差しは決して弱くはないはずだ。その証拠に僕は暑さを感じていた。だが体に感じる暑さと日差しの明るさは比例せず、熱気は熱気だけで別個に存在し、眩い日の光はどこにもなかった。周囲の空気は手で触れることができそうなほど重たく淀み、熱をもって凝集し、灰色に沈んでいる。だが砂塵によるものではない。遠くの風景までよく見渡せるのだから、砂嵐が舞い上がっているわけではないことがわかる。陽光は灰色の空気の中で減弱して拡散する。そのために周囲はところどころ灰色で、ところどころ明るい銀灰色の宇宙の様相である。中国北部では夏の日照りには雨を降らせることのない灰色の雲が層をなして浮かぶことがある。雲のせいで陽光は弱まるが、気温は極めて高く、この土地と似ているところがある。しかしここの灰色はより暗く淀んでいる。低く垂れこめた雲が顔にべったりと張りつくようだ。夜中の豆腐屋の、熱気がこもった中にぼんやりと明かりがともっている光景が小型版のこの世界だと言ってもいい。この空気が僕を落ち着かなくさせる。遠くにある小さな山は空気よりも少し濃い灰色に見える。弱い日の光のために山頂は灰色に淡い紅が混じり、鳩の首すじのように艶を帯びて見える。

 灰色の国だ! 僕はそう思ったのを憶えている。その時はここに国があるかどうかも知らなかったのに。空を眺めていた目を足元に戻すと、そこには平原が広がっていた。灰色で、樹木も家も田畑もない、嫌気がさすほど真っ平な大地だ。草はあったが地面にへばりつくように生え、葉は大きいが直立する茎はない。土は肥えているようには見えない。なぜ耕そうとしないのだろう。

 そう遠くない場所から鷹のような鳥が飛び立った。灰色で尾だけが白い。点々とちりばめられた白い尾羽は灰色の空のちょっとしたアクセントとなってはいたが、それとて陰鬱な雰囲気を救うものではなく、どんよりした天空に死者を弔う紙銭が舞っているように見える。

 鷹はこちらに向かって飛んで来る。眺めているうちに急に胸が騒いだ。やつらは僕の友人を、あの塊を、見つけたのだ。遠くでまた何羽かが飛び立った。僕は慌てて地面を見まわした。だがスコップはおろか木の枝さえ見つからない。ロケットの部品を使うしかなさそうだ。鉄の棒でもあれば墓穴を掘ることができる。しかし鳥たちはもう僕の頭上で旋回している。ぼんやりしてはいられない。やつらは少しずつ高度を下げ、長く鋭い鳴き声が僕の頭の上まで迫ってきている。僕はロケットの部品を闇雲につかみ、無我夢中で引きはがそうとした。一羽の鳥が舞い降り、僕は必死に叫び声をあげた。硬い翼を何度か震わせ、両足が地面に着く直前に白い尾を上げて再び飛び去った。一羽が飛び去ったかと思うと、また二、三羽やって来て、カササギが獲物を捉えるときのような鳴き声をあげる。上空を飛んでいる鳥たちは声を前よりも長く伸ばした。下にいる仲間に待ってくれと哀願しているようだ。最後には「ギャーッ」と鳴きながら一斉に地面に降りて来た。掌がねばついている。ロケットの部品を無理やりに剥ぎ取ろうとしたせいで出血したに違いない。だが痛みは感じなかった。いくら力をこめて引っ張ってもだめだ。部品は外れない。僕は鳥の群れに向かって突っ込み、やつらを蹴散らしながら大声で叫んだ。翼をばたつかせてあちこちに逃げるが飛び立とうとする気配は見えない。一羽の鳥があの塊に近づき……啄ばんだ! 僕の目に赤い光が閃き、そいつに駆け寄って捕まえようとすると、他のやつらが次々に襲い掛かってきた。僕が狂ったように鳥たちを蹴散らすとギャーギャーと鳴きながら翼をばたつかせて避けるが、少しでも足を止めるとすぐに隙をついて血走った目で近寄ってきて、もう逃げようともせず僕の足を啄ばもうとする。

 僕は突然、腰に拳銃を下げていることを思い出した。まっすぐに立って体勢を整え、拳銃を取ろうとしたときだった。いつからそこにいたのだろう。ほんの七、八歩ほどの場所に大勢の人が立っている。僕の目にはっきりと映ったのは、猫の顔をした人間たちだった!

 拳銃を取り出すか、それとも少し待つか。二つの選択肢をめぐってありとあらゆる考えが頭の中に渦巻いた。この1分間、落ち着こうとすればするほど気持ちが乱れた。結局、僕は手をぶらりと下げて自分を笑った。火星は自分が望んで来た場所だ、ネコ人間たちに殺されることになっても自業自得だ。――とはいえこれは単なる想像にすぎない、彼らが最も慈悲深い人々ではないと何故わかる?、どうして僕が先に拳銃を出すべきなのか。ちょっとした善意は往々にして人を勇敢にさせる。僕は少しも怖くなくなった。吉か凶かは成り行きにまかせよう。いずれにせよ、僕から相手を挑発しないほうがいい。僕が動かないのを見て、やつらは少し前に出た。ゆっくりと、しかし意志的に、猫がネズミに狙いを定めたように前に進んでくる。

 鷹が一斉に飛び立った。それぞれの嘴に塊をくわえて……、僕は目をつぶった。まだ目を開かないうちに、いや実際には目を閉じるとすぐ、僕の両腕は何者かに捉えられた。ネコ人間の動きがこんなに素早いとは意外だ。しかもこんなにも身軽に。僕には足音さえ聞こえなかった。

 拳銃を出さなかったのは間違いだった。いや、僕の良心はそんな風に自分を責めはしなかった。冒険には危険がつきものだ。僕はますます心の平静を取り戻した。目を開けようとも思わなくなった。心中が平静であるからおのずとそうなったのであって、敵を油断させようとしたわけではない。やつらの僕の両腕をつかむ力は徐々に強くなってきた。僕に抵抗する様子がないのに握った腕の力は全く緩まない。疑い深いネコ人間どもめ。僕は精神的な優越感でますます傲慢になり、やつらと力比べをする気もなくなった。どちらの腕にも四、五本の猫の手がかかっている。柔らかいがしっかりと握っており、弾力を感じた。握るというよりタガをはめているように腕の肉に食い込んでいる。暴れても無意味だ。力を入れて振りほどこうとしてもやつらの手が僕の腕に食い込むだけだろう。そういうやつらなのだ。正当な理由もなく人を捕らえ、相手の出方を確かめもせず、極めて残酷な肉体的虐待を加えるやつらなのだ。肉体の苦痛が精神に影を落とすとしたら、恥ずかしいことだが、僕はこのとき確かに少し後悔していた。こういうやつらに対しては、もし僕の推測が正しければ、「先んじて人を制す」手段を取るべきだった。「パーン!」という銃声一発でやつらはあっという間に逃げたに違いないのだ。しかし事ここに至っては、後悔しても状況は良くならない。自分の公明正大さが仇となった以上、その名誉のもとに死ぬまでだ! 僕は目を開けた。やつらはみな僕の後ろにいた。僕が目を開けても自分たちを見られないようにと考えていたようだ。こういう陰険なやり方に僕は嫌悪感を抱いた。死ぬことなど恐いものか、僕は心の中で言った。「僕はすでにお前たちの手中に落ちた。殺すならさっさと殺せ。何をグズグズしている!」。思わず「何をグズグズ……」と言いかけてやめた。やつらに僕の言葉がわかるわけがない。腕はさらに締め付けられた。さっきのつぶやきのせいだ。やつらが僕の言葉を解したとしても言うだけ無駄だ、と僕は思った。僕は振り返りもせず、やつらの言いなりになっていたが、せめて縄で縛ってほしいと思った。僕の精神は肉体と同様に、柔らかく暖かく絡みついてくる気持ちの悪い束縛に我慢できなかった。

 上空の鷹はさらに多くなり、翼をまっすぐに広げて頭を下げ、地上に舞い降りて僕の幼なじみの……にありつく機会をうかがっている。僕の後ろにいるやつらはいったい何のお遊びをしているつもりなのだろう。なまくら刀でゆっくりと肉を切り刻むようなやり方には本当に耐えられない。だが僕はやはり頭をもたげて残虐な鳥たちを見た。数分間で僕の友人は跡形もなくなってしまうだろう。ああ、たった数分で人ひとりを平らげられるのか。それなら鳥を残酷だとは言えないかもしれない。亡き友が羨ましい。友よ、君はあっけなく死に、あっという間に消えていく。だが僕は一寸刻みに苛まれている。君は最高に幸せだ!

―――<次の日>に続く

トラックバック - http://chinese.g.hatena.ne.jp/toraneko285/20170401