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2018-12-29《中国味道》王磊 このエントリーを含むブックマーク

https://www.youtube.com/watch?v=KDthqkul33E

作为一个历史老师 歴史の教師として

今天要和大家聊聊 今日皆さんにお話することは

我国历史上一个始终被追赶 却曾未被超越的领域 我が国の歴史において最も優れた分野

那就是 吃 すなわち「食」についてです。

孙中山先生在他的《建国方略》一书中说到 孫文は『建国方略』という著書にこう書いています

我中国近代文明事业 事事皆落后于人后 中国の近代化はどの分野も立ち遅れている

惟饮食之道之进步 至今尚为各国所不及 ただ飲食だけはどの国にも引けを取らない

也就是说 在中华民族 民心士气低谷的那个近代 中華民族が最も士気を失っていた二十世紀初頭でさえ

我们依然可以说一句 我々は胸をはってこう言えました

不好意思 提到吃 在座的各位 都是垃圾 申し訳ないが食については我が国以外(諸君)はゴミだ

吃 这件事对于中国人究竟有多麽重要呢 食べることが中国人にとってどれほど重要か

《礼记》中说过 饮食男女 人之大欲存焉 『礼記』に「飲食男女 人の大欲の存するところ」とあり

也就是说 一个族群最重要的两件事 すなわち民族にとって最重要事は

吃饭 繁衍 飲食と子孫繁栄です

而吃饭还要排在繁衍之前 しかも飲食のほうが先に来ています

那我们这个族群 中华民族传说的始祖 三皇五帝 さて我々の伝説上の祖先である三皇五帝は

有一种说法 三皇就是 燧人 伏羲 神农 一説に三皇は燧人(すいじん) 伏羲(ふっき) 神農(しんのう)と言われます 

那 王老师在这里 可以很负责任地告诉大家 私はここで責任を持って皆さんにお教えしましょう

他们之所以能成为三皇 かれらが三皇とされるゆえんは

多多少少都和吃有一点关系 大なり小なり食と関係があります

比如 燧人氏钻木取火 创造了烹饪 たとえば燧人は火起こしと調理を発明しました

很多原来生的东西 我们可以煮熟了再吃 なま物も加熱によって飲食が可能になります

伏羲 结绳为网 发明了渔猎 伏羲は縄を編んで漁網を作った

原来那些我们看得见抓不到的东西 目に見えても捕まえられなかった獲物を

我们可以逮住了再吃 捕らえて食べられるようになりました

至于神农氏做了什么 神農氏は何をしたでしょう

五个字 神农尝百草 百草を食べたと言います

日遇七十二毒 但还要接着吃 一日に七十二回も中毒してもやめなかった

因为没有什么能够阻挡 我对食物的向往 何物も食への探究心に勝てなかったからです

他不但丰富了先民的菜篮子工程呢 彼は我々の祖先の食材を豊かにし

还创造了今天丰富多彩 又一脉相传的中国味道 今日の豊富で多彩な中国の味を作り出しました

那你说这一脉相传的中国味道 中国伝統の味と言いますが

那古人是怎么吃的 我们怎么知道啊 古代の人の飲食を知るにはどうすればよいでしょう

其实很简单 簡単なことです

你看 我们现在不也是吃很多好吃的时候 現代では美味しい食事を前にしたとき

我们都要拍一张照片 然后发个微博吗 カメラで撮影してSNSに投稿しますね

那 古人其实也是这样 昔の人も同じことをしました

你只要翻开唐诗宋词 古典文学をひもとくと

那妥妥的就是一个吃货的朋友圈 美食家や健啖家が大勢います

比如 我们来看一条 たとえばこんな詩の一節があります

夜半酣酒江月下 美人纤手炙鱼头 「夜半江月のもと酒を楽しむ 美人細き指にて魚頭を炙る」

夜空里 明月下 吹着江风 喝着酒 月明かりのもと川風に吹かれて酒を飲み

漂亮妹子给你烤鱼头 美しい娘が魚を焼いてくれる

就这画面 就能多干两碗米饭 この光景だけでご飯が二膳よけいに食べられますね

那刚才提到了喝酒 さきほど酒の話がでました

其实喝酒也不是 感情深一口闷 感情铁喝出血 同じ酒でも接待や付き合いで勢いにまかせて

拿起瓶子来 敦敦敦敦敦 一気飲みでグビグビと飲みほすのは

朋友 你那不是喝酒 いい酒の飲み方ではない

怎么着 你也得 ではどうしたらいい?

葡萄美酒夜光杯 欲饮琵琶马上催 「葡萄の美酒 夜光の杯 飲まんと欲(ほっ)すれば琵琶馬上に催す」

或者 あるいは

兰陵美酒郁金香 玉碗盛来琥珀光 「蘭陵(らんりょう)の美酒 鬱金香(うっこんこう) 玉碗(ぎょくわん)盛り来たる琥珀(こはく)の光」

你得有点格调 格調高くいきましょう

当然了 也不是说就一定要吃得多么名贵多么稀罕 もちろん高級な物や珍しい物でなくてもいいのです

滟滟村醪君勿辞 橙椒香美白鹅肥 「灩灩(えんえん)たる村醪(そんろう)君辞するなかれ 橙椒(とうしょう)は香美(こうび)にして白鵝(はくが)は肥ゆ」

村里酿的土酒 自家的铁锅炖大鹅 村で醸(かも)した濁り酒(どぶろく) 鉄鍋で煮たガチョウの肉

顶天儿是个农家乐 那又怎么样呢 田舎料理ですが それで十分です

酒逢知己千杯少 一定能够主客尽欢颜 酒は知己に逢えば千杯も少なし 主客が歓を尽くすのが重要です

所以啊 吃什么从来不是关键 ですから 何を食べるかは問題ではなく

关键是和谁一起吃 誰と食べるかが大事です

那清代著名的文学家 也是美食家的袁枚曾经说过 清代の著名な文学者で食通の袁枚(えんばい)は言いました

中国的美食艺术 中国の美食の芸術は

其实是一门 饮食 美器 礼仪的综合艺术 飲食と器と礼儀作法の総合芸術であり

它更是一门深刻的学问之道 奥深い学問の道であると

你要说光论吃货的话 其实古代也是一抓一大把 美食家だけを見ても古代には実に大勢います

你比如说那个 爱吃荔枝的杨贵妃 たとえばライチを好んだ楊貴妃

嗜蟹如命的李渔 还有无肉不欢的纪晓岚 無類のカニ好きだった李漁 肉が欠かせない紀暁嵐(きぎょうらん)

当然了 我们古代的小吃界 もちろん古代の軽食分野でも

还有三位重量级的代言达人 他们分别是 三人のビッグネームが名を連ねています

私访的康熙 迷路的乾隆 和 逃难的慈禧 お忍びの康熙(こうき)帝 道に迷った乾隆(けんりゅう)帝 難を逃れた西太后です

不信你到各大旅游城市的小吃街去看一看 観光都市の美食街に行ってみれば

都是这三位的传说 必ずこの三人の足跡があります

但是如果你要找一个 しかし一人だけ挙げるとすれば

能承载饮食之味背后的学问之道的人 飲食にまつわる学問もある人物として

我心目中唯一的人选 就是苏东坡 私の考える唯一の人選は蘇東坡(蘇軾)です

他简直就是在用整个生命 为我们的中国味道代言 彼は自分の人生をかけて中国の味を表現しました

北宋元丰二年 苏东坡被贬湖北黄州 北宋の元豊二年 蘇東坡は湖北黄州に左遷され

他就写了一篇《猪肉颂》 『猪肉(ちょにく)を頌(しょう)す』という詩を書きました

黄州好猪肉 价贱如泥土 「黄州のよき猪肉 値(あたい)賎にして泥土(でいど)の如し」

贵者不肯吃 贫者不解煮 「貴者は肯(あ)えて喫せず 貧者は煮るを解(かい)せず」

早晨起来打两碗 饱得自家君莫管 「早晨(そうしん)起き来たり両碗を打つ 自家飽かし得れば君 管(かん)する莫(なか)れ」

从此之后 普通人也能吃到了美味又廉价的猪肉 こうして一般の人も美味しくて安い豚肉を食べられるようになりました

这道菜就是今天的东坡肉 この料理こそ現在の東坡肉(トンポーロー)、豚の角煮です

再贬 广东惠州 他又写了 また左遷され広東省恵州に行ったとき

竹外桃花三两枝 春江水暖鸭先知 「 竹外(ちくがい)桃花(とうか) 三両枝(さんりょうし) 春江(しゅんこう) 水暖かなるは 鴨 先(ま)ず知る」

蒌蒿满地芦芽短 正是河豚欲上时 「 蔞蒿(ろうこう)は地に満ち  蘆芽(ろが)短し まさにこれ河豚(かとん)上らんと欲するの時

春天了 竹笋 好吃 肥鸭 好吃 春が来た タケノコが旨い 肥えたアヒルも旨い

不吃到淋漓尽致不痛快 思う存分に食べないでどうする

再贬 海南儋州 到那儿吃什么呢 また左遷され海南儋州(だんしゅう)で食べたものは

老鼠 蝙蝠 蛤蟆 这些全吃了 ネズミ コウモリ ヒキガエル 何でも食べました

就这生存能力 このサバイバル能力は

可以直接跟着贝尔格里尔斯去参加 ベア・グリルスのドキュメンタリー番組 『サバイバルゲーム』

《荒野求生》的真人秀了 に出演できるほどです

到最后真的是什么都没得吃了 最後に本当に食べる物がなくなると

他又写下了一部千古名篇 《菜羹赋》 千古の名作『菜羹賦』(さいかんふ)を書きました

忘口腹之为累 不杀生以成仁 「口腹の累となるを忘れ 殺生(せっしょう)せざるを以て仁を成す」

你可以想象一下 想像してみてください

一个老头 煮着一锅咕咚咕咚冒着绿泡的野菜糊 一人の老人が鍋でぐつぐつと青菜のスープを煮ている

他心里想的却还是 彼の心中の思いはむしろ

我终于可以做一个不为口腹之欲所拖累的人 ようやく食欲の煩悩に振り回されることもなくなった

成为一个不残害生灵的仁爱之人了 生命を奪うことのない仁愛の人となったと言うのです

我的天呐 なんということでしょう

这是一种怎样的豁达与情怀啊 どれほど達観した心境でしょうか

所以说 一个终极吃货的自我修养 ですから究極の食通の修養とは

从来就不是一张刁钻的嘴 而是一颗强大的心 もともと舌先の快楽ではなく 強靭な精神なのです

黄州猪肉之味是智慧之道 黄州の豚肉は智慧の道

惠州河豚之味是勇敢之道 恵州のフグは勇気の道

儋州菜羹之味是仁爱之道 儋州の青菜汁は仁愛の道です

苏东坡把他一生的被贬路线 蘇東坡の左遷の旅をたどると

活活地走出了一幅充满着诗意和哲理的美食地图 詩情と哲学に満ちた美食の地図が描かれます

因为 竹杖芒鞋轻胜马 竹杖(ちくじょう)芒靴(ぼうか)軽(かろ)きこと 馬に勝(まさ)る

谁怕 一蓑烟雨任平生 誰か怕(おそ)れん 一蓑(すい)煙雨(えんう)平生(へいぜい)に任す

所以 试问岭南应不好 却道 此心安处是吾乡 試みに問う 嶺南(れいなん)まさに好(よ)からざるべし かえって道(い)う 心安んじる処これ吾が郷なりと

只有世间百味皆尝遍 才知人间正道是沧桑 この世の美味を食べつくしてこそこの世の無常がわかります

其实在这里呢 我又不禁想起了一道 台湾的美食 ここで私は台湾の美食について思い出しました

就是眷村牛肉面 眷村(けんそん)の牛肉麺です

眷村 顾名思义 就是眷属居住的村落 眷村というのは大陸出身軍人の村落で

这里当年呢 曾经住着上百万 かつて百万人を超える

从大陆来到台湾的老兵和家眷 大陸出身の老兵と家族が住んでいました

因为思念故土 故郷への思い断ちがたく

他们试图重现记忆中那熟悉的味道 懐かしい味を再現しようとしましたが

又因为远离故土 遠く離れた土地では

他们不得不在现实中融入当地的风味 どうしても現地の味に合わせなければなりません

当老一辈自知回乡无望的时候 もはや故郷に帰れないことを知ったとき

他们让自己的儿孙记住那记忆中的故乡 年老いた軍人は子や孫に故郷の味を伝え

和从未谋面的亲人 まだ会ったことのない家族のためにも

他们保留自己的乡音和饮食习惯 お国訛りと食習慣を守ってきました

每到节庆 他们都要隔海遥祭大陆的祖先 祝日には海を隔てた大陸の祖先を祭り

他们是在用味道提醒自己 味の記憶で自覚を促し

根在哪里 心向何处 自らのルーツと心のあり様を確認しました

原来这才是这碗面真正的味道 これこそが牛肉麺の味なのです

是浊酒一杯家万里的潇洒吗 「濁酒(だくしゅ)一杯 家万里(ばんり)」の風流でしょう

不是一种酸楚味 決して悲しみの味ではない

是每逢佳节倍思亲的 一种人情味 「佳節に逢うごとにますます親を思う」人情の味です

这是乡愁的味道 これは郷愁の味であり

这是中国的味道 中国の味です

白菜青盐糙米饭 瓦壶天水菊花茶 「白菜青塩(せいえん) 糙米(くろごめ)の飯. 瓦壺(がこ-素焼きの急須) 天水(雨水で淹れた)菊花の茶」

这是我们安贫乐道的淡然之味 これが貧しくとも穏やかな生活の味わいです

玉破鲈鱼霜破柑 垂虹秋色满东南 「玉破(ぎょくは)の鱸魚(ろぎょ) 霜破(そうは)の柑 垂虹秋色(すいこうしゅうしょく) 東南に満つ」

这是我们去国怀乡的思念之味 これは我々の国と故郷を懐かしむ味です

天子呼来不上船 自称臣是酒中仙 「天子呼び来たれども船に上らず 自(みずか)ら臣(しん)これ酒中の仙と称す」

这是我们豪放纵意的洒脱之味 これは豪放磊落と洒脱の味です

这就是中国味 これこそが中国の味なのです

这是我们这个民族独特的表达 私たち民族独自の表現であり

这是我们看待世界的方式 私たちが世界を見るときのやりかたであり

也是我们和世界相处的方式 私たちと世界が共に存在する方法です

因为中国味道 最讲究的就是一个和字 なぜなら中国の味が最もこだわるのは「和」だからです

煎炒烹炸 水火相济 調理とは水と火の調和です

这是我们中和之美的诉求 バランスの美を追究するということです

顺应时令 属性调和 季節に合わせて 性質の調和を求める

这是我们天人合一的哲学 これこそ天人合一の哲学です

商彝周鼎 秦樽汉爵 古代の祭祀(さいし)に用いた様々な器は

是我们家国社稷的传承 我が国土の神々を継承するものです

这就是今天我想跟大家分享的 私が今日 皆さんにお話したことは

不只是舌尖上的历史 たんなる美食の歴史ではなく

更使我们每个人血脉中流淌的中国味道 我々の血の中に流れ続けている中国の味についてです

谢谢 ありがとうございました

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