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2017-04-03猫星往還記3

http://www.kanunu8.com/book3/8026/175696.html

 水はあまり入っていなかった。一滴も残さず飲み干し、僕は宝の石缶を抱えていた。一息つくと、ある考えが浮かんだ。地球に戻れるときにはこの入れ物を持って帰ろう。かなわぬ望みか? 僕は腑抜けたように時間を忘れて石缶のふちを眺めていた。

 頭上を飛び去る鳥の群れの短い鳴き声で僕は我に返った。仰ぎ見ると空には薄紅色の霞がかかり、灰色の靄はまだ残るものの、空がやや高く感じられ、見通しがよくなってきた。壁の上方には一筋の光が射し、日暮れが近いことを物語っていた。

 僕は何をすべきだろうか。地球上で効果的な計画がこの土地では通用しそうにない。僕は自分の相手について全くの無知なのだ。どうやって対策を決められるだろう。ロビンソン・クルーソーだって僕のような苦境には立たされず、自分の思い通りにできた。僕は猫人間の群れから脱出しなければならないのだ。猫人間の歴史など誰が読んだことがあるというのか。

 だが僕がまずすべきことは足かせを外すことだ。これが最初の仕事である。僕はそれまで足に巻き付いているものが何なのかを見る余裕もなかった。おそらく足かせは鉄でできていると思い込んでいたせいだろう。仔細に観察してみると鉄ではなく白鉛鉱の色をしている。僕の拳銃を取り上げなかったことに対する解答はこれだ。火星には鉄がないのだ。猫人間はあまりに慎重すぎて、見たことのない物に触る危険を冒すのを恐れ触れることさえできなかったのだ。足かせに触ってみると、鉄ではないが硬かった。力をこめて外そうと試みたがびくともしない。何でできているんだ? 好奇心と早く逃げなければという焦りが心中で交錯した。銃口で何度か叩いてみると金属音はしたが、鉄を叩いたときの音とは違う。銀か、それとも鉛か。鉄より軟らかい物ならたぶん何とか切断できる。石缶を割って切片の鋭い角で削って切り離すとか――この石缶を地球に持ち帰ろうという計画はすっかり忘れていた。石缶を持ち上げて壁にぶつけようとしたが思いとどまった。万一、外にいる者が目を醒ましたら? 外にはきっと見張りがいるはずだと僕は思った。いや、さっき銃を撃ったが別に何も起こらなかったじゃないか。そう思ってから急に恐くなった。もしさっきの銃声で猫人間の群れがやって来ていたら一体どうなっていただろう。しかし誰も来なかったからには勇気を出そう。石缶が手から放たれ、小さな石片が欠け落ちた。小さいだけに切れ味がいい。僕は作業を開始した。

 「点滴石を穿つ」の例え通りいつかは結果がでるだろう。だが、金属製の足かせを短時間のうちに削って外そうというのはあまりに楽観的すぎたようだ。経験の多くは「間違い」から生まれるが、僕は単に楽観的すぎて間違ってしまう。地球から持ってきた経験はここではさほどの価値はなさそうだ。しばらくこすってみたが何の役にも立たない。足かせはびくともせず、石の欠片でダイヤモンドを切削しているようだった。

 何か助けになる物が万が一にでも見つからないかと、体に貼りついているぼろぼろの布きれや靴や髪の毛まで探ってみた。僕はすでに智慧のない動物になってしまったようだ。あ!、ズボンのポケットにマッチが1箱あった。小さな鉄の箱だ。しつこく探さなければ、すっかり忘れていたものだ。たばこは吸わないのでマッチを持ち歩く習慣はなかった。なぜこいつを持っていたのか思い出せない。そうだ、思い出した。ある友人が僕にくれたものだ。僕が宇宙探検に出ると聞きつけ、急いでロケット発射場まで見送りに来てくれたのだが、何も餞別がないと言ってこのマッチ箱を僕のポケットに押し込んだのだ。「小さい箱だからロケットの重量に影響しないとは思うけど」と彼は言っていた。思い出した。何年も前のことのようだ。半月におよぶ飛行は人の心を冷静沈着に保つものではなかった。

 僕はマッチの小箱をもてあそびながら、半月前のことを思い出そうとした。目の前に絶望しかない以上、過去の甘美な思い出に浸るしかない。人生は様々な方向から慰めを見つけだせるものだ。

 空が暗くなり始め、腹が減ってきた。マッチを1本擦って周りに食べられるものはないか探した。火が消えるとさらにもう1本に火をつけ、おかしなことだが何の気なしにマッチを足かせに近づけて燃えるかどうか試してみた。いきなりジーっという音がして足首には崩し字の「四」の形をした白い灰だけが残った。ひどくいい臭いが鼻を通りぬけ、僕は吐きそうになった。猫人間が化学物質を作ることができるとは思いもよらないことだった。

 運命を自らの手に取り戻さなければ手足の枷が外れても何の意味もない。だが僕は気落ちすることはなかった。少なくとも猫人間の代わりにこの洞窟を見張っている義務はない。拳銃とマッチ箱をポケットにしまい込み、僕は焼切った縄をしっかりつかんで壁を登り始めた。壁から頭を出すと外は濃い灰色で、夜の闇ではなく煤塵の混じった熱い靄に覆われているようだ。壁を越えて地面に飛び降りた。どこへ行こうか。壁の中にいた時の勇気は八割がた失われていた。人家もなければ明かりもなく、音も聞こえない。遠くに――もしかしたら遠くないかもしれないが距離感がつかめない――林があるようだ。林の中へ入る勇気はあるか。どんな獣がいるのかもわからない。

 僕は顔を上げて星を見たが、大きいのがいくつか見えるだけで、灰色の空にはわずかに赤い光が射していた。

――<次の日>に続く。   

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