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2018-05-06水滸伝あらすじ(授業用)

◆『水滸伝』縁起

 およそ千年前、宋の四代皇帝仁宗の頃のことである。宋の都、東京では疫病が蔓延した。朝廷は疫病を鎮めるため道教の本山である龍虎山の法主、嗣漢天師(しかんてんし)に祈祷をさせることにし、洪信代将軍を使者として龍虎山に派遣した。洪信が迎えに来ると、嗣漢天師は一人で雲に乗り都に向かった。龍虎山に残された洪信は、唐の時代に百八人の魔王を封じ込めたと伝えられる伏魔殿という祠をどうしても見たくなり、道士たちに命じてその入り口を開けさせ、中にあった石碑をどけて穴を掘らせると、たちまち黒雲がわき上がって天罡星三十六柱、地煞星七十二柱の魔王たちが金の光となって四方八方へ飛び散った。やがてこの百八柱の魔王たちは何度か輪廻転生を繰り返し、ついに同じ時代に人間に生まれ変わり、数奇な運命に導かれて梁山泊に結集する。

◆英雄豪傑たちが梁山泊に結集するまで

 百八人の英雄豪傑が梁山泊に登ったいきさつは様々である。ある者は冤罪を着せられ、またある者はやむにやまれぬ事情で殺人を犯し、さらに戦いを好み自ら進んで仲間に入ったやくざ者、あるいは腕っぷしを見込まれて誘拐まがいに無理やり引き入れられた者、戦に敗れた官軍から寝返って梁山泊入りを決意した者など、一人一人が異なる事情を抱えている。物語の前半は彼らがいかにして梁山泊の仲間入りをすることになったかを登場人物紹介のように描いている。

◆百八人の結集、官軍との戦闘と朝廷への帰順

 百八人の英雄豪傑が梁山泊に結集した日、空から火の玉が落ちてきた。火の玉が落ちた場所に埋まっていた一枚の石版には、なんと天罡星三十六柱、地煞星七十二柱の星名と豪傑たちの姓名が記されていた。つまり、梁山泊に集まった百八人の豪傑たちは星に導かれ、運命によって結集したことがわかった。石版の一位に名の記されていた宋江が領袖となった。

 朝廷はならず者の集まる梁山泊に脅威を抱き、何度も討伐しようとするが、そのたびに撃退されてしまう。そこで朝廷は彼らに召安(官位や金銀を与えて国の軍隊として働くこと)を提案する。もともと朝廷への忠義心が厚かった宋江が朝廷の求めに応じて帰順を決意し、梁山泊の英雄豪傑たちは朝廷のために働く軍隊となった。

◆度重なる戦い、悲劇的な結末

 朝廷は梁山泊の英雄豪傑たちに命じ、休む間もなく彼らを戦場に送り込んだ。隣国である遼からの侵略、国内では田虎、王慶、方臘の謀反が相次ぎ、さしもの強者たちも次々に戦のために命を落としていく。それでも彼らは四度の苛酷な戦いの全てに勝利をおさめた。

 七十人ちかくの仲間を失って都に凱旋した彼らを迎えたのは、歓呼の声ではなく彼らを恐れ疎んじる朝廷の役人たちであった。皇帝は宋江に高い官爵を与え楚州の司令官に任命したが、これを不満に思った朝廷の悪臣たちは宋江を毒殺しようと企む。宋江は自らの死を察したとき、腹心の部下で最も凶暴だった李逵が復讐することを恐れ、彼を呼んで毒酒を飲ませた。毒を盛られたことを知った李逵は、「おれは死んでも兄貴のために働きます」と涙を流して死を受け入れた。軍師だった呉用と弓の名手だった花栄は宋江の死を夢に見て、宋江の墓を訪れてその場で二人一緒に首を吊って死んだ。

 生き残った者のうち、戦で片腕をなくした武松は出家して僧侶となり天寿を全うした。また、朝廷の与えた官位を辞退して故郷に戻った者たちもいた。

 こうして梁山泊に集まった百八星は再び散り散りになって、天に帰り、あるいは地上で残された人生を過ごすことになったのである。

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