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2018-05-07三国演義あらすじ(授業用)

三国演義あらすじ

東漢(後漢)の末年、朝廷は腐敗し、毎年のように起こる災害のため庶民は飢饉にあえいでいた。乱世に乗じて張角を首領とする黄巾軍が謀反を起こし、朝廷は志願兵を募って黄巾の乱を平定することとした。

ある日、一人の男が志願兵募集の立て札を眺めていると、声をかける者があった。二人は互いの憂国の思いを確かめ、意気投合して私兵を募り朝廷のために働こうと決めた。この二人は漢王室の末裔でありながら今は草鞋や莚を売って細々と生計を立てて母を養っている劉備(玄徳)と、肉屋を営み財をなした張飛(翼徳)である。二人が酒屋で話し合っているところに見事な髭を蓄えた大男が通りかかり、意気投合して命運を共にすることになった。この男こそ関羽(雲長)である。三人は張飛の家の裏にある桃園で義兄弟の契りを結ぶ。まさに満開の桃の花の下で「同年同月同日に生まれることはできなかったが、同年同月同日に死のう」と誓った三人は、年齢の順に劉備を長兄とし、関羽がそれに続き、張飛が末弟となった。

彼らは兵や馬を集めて訓練し、またそれぞれの武器もあつらえた。劉備は「雌雄双剣(しゆうそうけん)」、関羽は「青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)」、張飛は「蛇矛(じゃぼう)」である。三人は各地を転戦して黄巾軍を破り、大いに戦功をあげたが朝廷は彼らを厚く遇せず、不遇の日々を送っていた。劉備は地方の警察署長を命じられ、民に慕われていたが、賄賂を要求する都の役人に陥れられ、関羽、張飛とともに任地を捨てて逃亡した。

朝廷では宦官と皇帝外戚の権力争いが頂点に達し、朝権は董卓のほしいままにされていた。董卓の暗殺に失敗した曹操は天下の諸侯にその誅滅を呼びかける。これに応じた諸侯のなかで、江南の地の利を得た孫権と、諸葛孔明を三顧の礼をもって参謀とした劉備とが頭角を現す。ここから蜀(漢)の劉備、呉の孫権、魏の曹操の三国鼎立の情勢が形成された。

なかなか優勢に立てない劉備であったが、呉と連合して赤壁で曹操の軍船を焼き討ちにし、曹操の軍は大敗を喫した。しかし呉と蜀は荊州の帰属をめぐって争いが絶えず、これがために関羽、張飛が相次いで死ぬに及び、劉備は孔明の反対を押し切って呉を討つべく大軍を起こすが惨敗を喫する。劉備は白帝城に病を得て動けなくなり、諸葛孔明に言った。「もし阿斗(劉備の息子、劉禅)が皇帝の器であれば補佐してやってほしい。そうでなければ息子を廃してあなた自身が皇帝となってくれ」と遺言した。

 孔明は劉備の子劉禅を帝位につけ、呉と和解し、中原の奪回を目ざしてしばしば打って出るが、ついに志を果たさぬまま五丈原で病没した。蜀はその30年後に魏に滅ぼされ、呉も、魏の禅譲を受けたかつての孔明の好敵手司馬懿(しばい)の子孫の建てた晋によって滅び、天下は晋によって統一された。

 三国演義では各地で繰り広げられる戦闘場面の描写、それぞれの軍師の知略による兵法や駆け引きが主な見どころとなっている。

ゲスト



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